うそつきハムスターの恋人
「ちょ……しずく!?」

夏生があわてて駆けよってきて、私の前にしゃがみこんだ。

私の両腕をやさしくつかんで起き上がらせると、夏生も地べたに座って、下から私の顔を覗き込む。
ぐすんと鼻をすすると、夏生は私の頬の涙を手のひらで優しく拭ってくれた。

「あーあ、また目が腫れるよ」

「だったら、夏生が冷やしてくれればいいじゃない」

「そうだな」

夏生が優しい顔で笑って。
私をそっと抱き寄せる。

夏生の腕の中は、温かかった。
夏生の心臓の音が聞こえる。
目を閉じて、私は夏生の背中に腕を回した。

「しずく?」

「うん?」

「俺の本当の恋人になってくれる?」

「……いいよ。なってあげる」

夏生はくすくすと笑う。

夏生の右腕にもちゃんと力が入っている。

「リハビリがんばったんだね」

「うん。しずくとこういうことをしたくてがんばった」

「……」

「そこで黙るなよ。恥ずかしいだろ」

私は夏生の腕の中で顔を見上げた。
夏生は赤い顔をして、私からふいと目をそらした。

「なんだよ?」

「照れてる」

「うるさい」

夏生が私に短いキスをした。
目を閉じる間もないくらい、風のように素早いキスだった。

「帰ろ」

夏生がぶっきらぼうに言う。
それから、私の両手を握ると立ち上がらせてくれた。

「うん」

帰ろう。

夏生がポケットからさっき私が返した鍵を取りだし、私のコートのポケットにすとん、と落とす。

私たちは手を繋いで街路樹の下を歩き始めた。

「明日、ふたりで会社休もう」

夏生がぼそっと言った。

「いいの?」

「いい」

それもいいか。

有休、まだ一日しか使ってないし。

「どうせ今夜は寝ないから、明日は仕事にならないだろ?」

「……」

「だから、そこで黙るなって」

夏生は立ち止まると、道の真ん中で私に長い長いキスをした。
名残惜しそうに唇を離した夏生は、私の耳元で「大事にする」と囁いた。

私は夏生の本当の恋人になった。




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