うそつきハムスターの恋人
残業を終え、会社の近くの深夜まで空いているスーバーに寄ってマンションに着いたのは夜の八時を過ぎていた。

水嶋さんが帰ってくるのはだいたい九時頃だと聞いていたから、まだ帰っていないだろうと思い、借りていた合鍵で中に入ると、部屋には明かりがついていてリビングのソファーには新聞を読む水嶋さんの姿があった。

「おかえり」

水嶋さんはまだシャツのままでネクタイだけゆるめている。
新聞をパラリとめくりながら、「腹ぺこぺこー」とぼやく。

「水嶋さん、早かったんですね」

スーバーの袋をキッチンに置きながら私が言うと、水嶋さんは顔もあげずに「早かったんですね?」と聞き返す。

「敬語は禁止って言ったはずだけど」

「え? 会社の中だけでいいじゃないですか」

「だめだめ、そういうのは慣れだから。普段からちゃんとしていないと、絶対にボロが出るからな」

私は内心うんざりしながら、「はいはい、わかりました」と小声で言い、着替えるために自分の部屋に入る。

部屋着になってリビングに戻ると、水嶋さん、改め夏生はまだ新聞に目を通していた。

「ご飯できるまで、シャワー浴びてますか?」

私が訊ねると、「なんだって?」とにらまれた。

「シャワー浴びる?」

言い直すと、にっこり笑って「おう」と立ち上がった。

「シャツはまだひとりじゃ脱げないんだよな」

三角巾とボタンを外し、シャツを脱がせていく。
するりと出た夏生の背中は男性とは思えないくらいすべすべで、きれいだ。
上半身裸になった夏生は、鼻唄を歌いながらバスルームに消えていった。

私は急いで晩ごはんの支度をしながら、「夏生……夏生」と何度も、口に出してみる。
まだ言い慣れないその名前は、口にするたびになんだか照れくさく、胸がくすぐったくて仕方なかった。
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