そのキスで教えてほしい
いつも通りバスを降り、歩道を歩いて会社の前の横断歩道を渡って10階建てのビルを目指す。

ちょうど敷地の中へ入ったとき、後ろから声をかけられた。

「おはよう」

顔を向けると、そこには崎坂さんが。
オフィスで彼と挨拶をするだろうと構えていたのに、まさか会社の前で会うとは思わず、私はどぎまぎしながら「お、おはようございます」と返した。

心臓に悪いだろう急激な脈拍の上昇に、私はすぐ彼から目をそらして前を向いた。

エントランスへ入ろうとしている女性社員の視線が気になる。
それは、崎坂さんが私の隣にいるからだ。なんで崎坂さんと一緒に歩いているのよ!という視線だと思う。
朝の出勤時だから目立って、ちらちら見られて嫌だ。

私は俯いて会社の中へと入っていった。

「住むところが近くなると朝が楽だな」

隣の崎坂さんは平然としながら、爽やかな声でそんなことを言っている。

「……そうですよね」

彼を意識している私は、なんとか笑みを浮かべて返した。
思い出してしまう、昨日の言葉。
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