いとしい傷痕







いかにも東京、という感じの、おしゃれな高層マンションの十階、1003号室。


表札は出ていない。

出ていないことが、この部屋に彼が住んでいることの一番の証拠だと思った。


だから私は確信をもってチャイムを押した。


分厚いドアの向こうで、ピンポーンとくもったベルの音が聞こえる。

でも、反応はなかった。


それも想定の範囲内なので、もう一度押す。

人の気配はない。


それでも、虫の知らせというか、予感があって、このドアの向こうには彼がいるのだと私は確信していた。


だって、私には分かるのだ。

ずっとずっと会いたかった彼が、すぐ近くにいるのだと。


だから黙って玄関の前に立っていた。

しばらくして、物音がした。


やっぱりね、と笑みが唇に浮かぶ。

彼はいる、すぐそこに。

このドアを一枚へだてた向こうに、彼はいる。


何度も瞼の裏に思い描いた彼に、もうすぐ会える。


胸を高鳴らせながら待っていると、やっとドアが開いた。


そして、夢にまで見た彼が現れた。

抜けるように白い肌、首筋にまとわりつく長めの髪、冷たいほどに整った顔立ち、ほっそりとした身体。


見たこともないほどに美しい男。


ふわ、と煙草の香りがする。

ああ、彼の香りだ。


「……ミレイ」


あまり感情の表に出ない彼が、それでもさすがに驚いたようで、かすかに目を見開いて私を見ていた。


はおっただけでボタンすら留めていない白シャツの隙間から、骨の浮いた薄い胸と、くっきりと浮かび上がった鎖骨が覗いている。


こんな時間に寝起きなのかな。彼ならありうる。

それかお風呂でも入っていたか。


そんなことを考えながら、にっこりと笑みを浮かべて、懐かしい彼に声をかける。


「久しぶり。驚いた? ――お兄ちゃん」


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