主任は私を逃がさない

「そんなびっくりしたフロクウみたいな顔するなよ。手を繋いだくらいで」


 涼しい顔の史郎くんは、そう言って私の手をしっかり握りしめている。

 そ、そうね。大人の女性なら、手を繋がれたくらいで動揺なんかしないわよね?

 それに史郎くんと手を繋いだことなんか、数えきれないくらいあるもの。


 ドキドキを懸命に押さえて平静さを装っているうちに、史郎くんの体温が私の手に馴染んでくる。

 彼の温もりが、皮膚を通してじんわり私を包み込んでいく。

 なんだか史郎くんに守られているみたいに感じて……嬉しい。


「…………」
「…………」


 ふたりの間に心地良い沈黙が流れる。

 そうか、分かっちゃった。

 別に無理して会話する必要なんてないのよね。私達は。


 手を繋ぎながらゆっくりと歩く昼下がりの路地は静かで、他にはあまり人影も無い。

 古びた家並に漂う落ち着いた空気は懐かしく、穏やかで、どこか切なさを帯びている。

 温かくて、懐かしくて、切なくて。

 私の鼓動は忙しく、熱く、そして不思議な痛みを生む。


 史郎くん……。

 史郎くんと、もっとこうしていたいな……。


 心を掻き乱す不可解な感情に振り回され、私はいつの間にかそう願っていた。




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