千里眼ヒーロー

 
「お見事。まるで夜な夜なストリートファイトに身を投じているかのような腕前だ――ああ。この場合だと足前、になるのか。小鳥遊さんはどちらだと思う?」


明かりの足りない倉庫の出入口、外の廊下の蛍光灯の眩しさを後光の如く背負って、軽やかな拍手と共に声はした。







それは、人生初にして最後になるだろう飛び蹴りが、脳内シュミレーションと寸分違わずクリーンヒットしたときのこと。


まさかこんなに上手く鳩尾にきまるとは。飛び蹴りの前にかました足払いも見事にかかってくれたなあ。


自分がやらかしたことながら、リノリウムの床に転がるセクハラ課長を、私は正視出来ずにいた。


けど後悔はしてない。貞操の危機だったのだ。だったまではいかなくても、色々まさぐられる事態にはなってただろうから。


そんな手を入れやすいスカートを履いてるってことは。戻ってくるのが遅いなんて誘われるのを待ってるとしか思えない。普段から物欲しげな目で見つめてくるじゃないか。気持ちよくしてあげよう、そうしてほしいんだろ。無理矢理がいいのかとか上手いから期待しててだの、私の肩を放さないまま課長が耳元で囁いてきた。


それは人気のない資料倉庫、気配を消した課長に、気付いたら背後をとられたときの出来事。


ふざけるなっ。お前が終業五分前に明日朝イチで必要だからって私を指命してきたんじゃないか。何処に仕舞ったかもおぼろげなファイルを。


……どうせ妃名子ちゃんに振られて行き場をなくした性欲の暴走と腹いせだろう。妃名子ちゃんを食事に誘い速効振られた現場を偶然私が目撃してしまい、こちらの存在も発見されてしまった。その前の受付の小堀さんのときも目撃してしまってるし。


ひいぃっと叫ぶのと同時に、テレビでしか見たことのない足払いをかけ課長を転ばせた。再度迫り来るから飛び蹴ってやった。だってまだ言ってきやがったのだ。こういうのが好きなのかと。どういうのか全く解らないっ。


犯罪に対する正当防衛だったけど、私を見上げ怒りに燃える課長に背筋が震え青ざめたとき、ヒーローはやってきたのだった。


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