身代わり王妃の恋愛録

ハッと上体を起こしたのと自分が寝ていたのだと気付いたのはほぼ同時だった。

見慣れた部屋に、柔らかなスプリング。私は一体、どうしてここで寝ているのだろう。

確か、カイに連れ出されて…それで…。

記憶を辿っていく。やがて気づく。自分が外で寝てしまったこと、そして誰かが部屋に運んでくれたこと。

そしてもう1つ。自分の幼い頃の記憶が一部抜けているらしいこと。

「姐さん」

そんな声とともに、天井の一部に穴が空き、カイが入ってきた。さすがに初めて見たその光景はビックリだけど、カイの顔が真面目でそんなことどうでもよくなる。

「カイ」

「…思い出したのか、だよ」

カイは大真面目な顔で言った。けれど私にはそれが何を指すのかわからない。

「何「だから、姐さんが頑張れって、シャーレット語で言った時に…主は小さな声で呟いてたでしょ?」」

それを聴いてハッとする。思い出したのか、というのはやはり私に思い出すべき何かがあるということ。そして、それは同時に…

「……陛下は…何かを知ってるんだ…」

陛下は私の記憶が一部ないことを知っているらしい。もしかしたら抜けた記憶の一部に、陛下が存在するのかもしれない。なんとなくだけれど、そう思った。

「どうするの?」

カイは静かに私に問う。どうするのか、と言われても私は困る。だってどうしようもないのだ。陛下に問い詰めたところで教えてもらえるかはわからないし、それは陛下の記憶であって私のとは違うかもしれない。

第一思い出したところで何があるのだろう。もし記憶を思い出して、何かが変わってしまったら…例えば陛下が不幸になってしまったら?そんなの嫌だ。

でも…もし、私の記憶がないことを陛下が憂いてくれていたとしたら?視点を変えると全てがガラリと変わる。

一体私はどうするのがベストなのだろう。

陛下は私に記憶を取り戻して欲しいと思っているの?

そう考えてハッとする。私の中の良し悪しの基準が陛下基準になっている。陛下が幸せになるか不幸になるか、これで物事をはかっている。

これじゃあまるで、私が陛下の幸せ以外必要じゃないみたいではないか。

いや、その前にこれは恋する乙女の思考みたいだ。好きな人が幸せならそれで…これって健気な乙女のいじらしい想いではないか。

いや、ありえない。陛下は私の従兄妹で、義兄だ。恋して良い相手じゃない。けどどうしよう。まさか私は本当に陛下に恋しちゃっているのだろうか。

ありえないよ、そうでしょう?報われないよ、やめなさい。

自分にそう言い聞かせる。けれどそう言い聞かせるたび、“私が陛下に恋している説”が濃厚になっていく。

どうしよう、このままじゃ満足に陛下の顔も見れない。

そう思った瞬間、私は突然顎を掴まれグイッと上を向かせられた。視線の先にさっきまでそこにいたはずのカイはいなかった。

代わりにいたのは心配そうに目を細める陛下。ドクンと心臓が音を立てる。たぶん顔も赤い。

「な、なんで…」

「ああ、悪い」

そう言って陛下は静かに私の顎から手を離し、一歩後ろに下がった。おそらく朝のことを気にしてのことだと思う。本当に心遣いが行き届いている。外も内も完璧だ。

「どうして?公務は?」

ああ、またいらんことを訊いてしまった。私はきっと心のどこかで、心配だったから来たという解答を求めているのだ。

「……偶然通りかかったからな…。…大丈夫か?寒くないか?」

この部屋の前を通りかかって行くところなんて陛下にはないはずなのに…。

心がポカポカとあたたかい。陛下の優しさは、私の心をこんなにも幸せにしてくれる。

「ありがとう、大丈夫」

そう言って笑うと陛下は困ったように小さく笑う。

「…お前といると…自分が自分でなくなるようだ。……離れると、決めたのにな…」

最後の方は小さくて私の耳には届かなかった。けれどどうでも良いと思ってしまう。だって私の頭を撫でる陛下の手があんまりにも優しいから…。

たぶん、いや、間違いなく私は陛下が好きだ。人としても…1人の男の人としても。

だから決めた。私は陛下の幸せを1番に願う、そしてそのために動くと。

「それは、陛下にとってダメなことですか?」

私の問いに陛下は苦笑した。

「…悪くない…近頃はそう思う」

陛下の返答に、今度は私が笑う。それだけで私は幸せだと感じてしまうのだ。
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