wish

そのままで


泣いたのは久しぶりだ。


重いまぶたに手をやりながら昇は思った。

今日は、文化祭。

布団の中から時計に手を伸ばすと、もう間に合わない時間。

しかし、休むと友香が責任を感じるだろう。

間に合わないなら遅刻していこう、そう思い、
焦ることなくゆっくりと準備をした。

学校に着くと、そこはいつもと違う雰囲気で、
いきいきとした声があちこちで飛びかっていた。

人混みをよけるように、間をくぐって玄関に向かう。

玄関に辿り着いたところで荒谷に声をかけられた。


「おぉ笹木、来たのか。お母さんの具合はどうだ?」

「たいしたことはなかったから大丈夫です」


あたりさわりなく返事をして昇はその場をあとにした。

今日は屋上にもおそらく人がいるのだろうなと思い、そのまま教室に足を運ぶ。



「あっ、笹木くん来たんだ!さぼると思ってたのに」

教室に足を踏み入れて最初に声をかけてきたのは恵利子。

その声につられて友香も顔をあげた。

恵利子は軍服のような格好をし、友香はメイドの格好をしていた。

少し驚いたが、たいして慌てず教室の中に目をやる。

ふと、視線があって、友香は気まずそうに視線を泳がせた。


「笹木くんのシフト、まだだから今はいいわよ。
それとも手伝ってくれる?」

恵利子は昇と友香の視線のやりとりに気付いたが、
それに触れないように話を進める。


「あぁ、手伝うよ」

カバンを邪魔にならない所に置きながら、昇は返事をした。



「俺、仮装しないからな」

何か衣裳をあさりはじめた恵利子に、昇はぴしゃりと言い放った。

不服そうな顔を恵利子は見せたが、衣裳を昇に着せることは諦めたようだ。




< 70 / 218 >

この作品をシェア

pagetop