夢が醒めなくて
ゴールデンウイークは全然ゴールデンじゃなかった……去年までは。

「希和ちゃん。お着物、どれがいい?」
休みに入ってすぐ、デパートの外商さんが夥(おびただ)しい数の着物を持ってきてくださった。
お母さんはうれしそうに勧めてくださる。
「もう充分ありますけど……」
消極的に辞退しようとしても無駄のようだ。

「あら、ダメよ。全然足りない。お茶のお稽古はじめるなら、いくらあっても足りないぐらいよ。」
「……お茶って、大変なんですね。」
外商さんの勧めで、夏の着物と帯を選ぶ。
小物はお任せにさせてもらって、ツツジの満開のお庭に出た。

「買い物、終わった?」
新緑よりもキラキラ輝く笑顔で義人氏が待っていた。
「たぶん。」
憮然としてそう答えた。

何で義人氏はいつもこうなんだろう。
「ほな、行こうか。ボート。」
義人氏はうれしそうに歩き出した。
「嵐山でボートなんて、観光客みたい。」
ついそう憎まれ口をたたいてしまう。

「あー。そやな。ほな、観光客がいいひんボート行こうか。ちょっと距離あるけど。」
義人氏は一向にめげずに、そう言った。
「どこ?」

私の質問を笑顔で受け流して、手を差し出す義人氏。
くやしいけど、逆らえない。
まるで子供のように手を引かれて歩いた。
……もう中学生なのに。

ゆーっくりと30分近く歩いただろうか。
義人氏が連れてってくれたのは、嵯峨野の大きな池だった。
「嵐山より、こっちのほうが好きかも。」
造形美じゃない、自然な山や野鳥の多さにときめいた。

「せやろな。希和ならそうやと思ったわ。宝ヶ池も今度連れてったるわ。」
義人氏はそう言って、慣れた手付きでボートを漕いだ。

……さんざんデートで乗ってきたんだろうな。
そう思うと、せっかくのいい気分が褪めてしまった。



夕べ、いつものように義人氏と碁を打った。
私が碁に興味を持った時には、義人氏は全くの素人だった。
なのに、いつの間にか定石を覚えて、囲碁の腕を上げてて、なんか、ずるい!

ホントに何でもできるヒトって、いるんだ。
ものすごくくやしくて、何とか追いつきたいのだけど……私はやっと定石を少しずつ覚えてるところ。
義人氏は日増しに強くなってる気がする。

焦った私は、どうしても勝ちたくて、置き石させてもらっての勝負を申し込んだ。
義人氏は条件付きで置き石を認めてくれた。

……置き石4つでも私が負けたら、ボートに付き合うこと。
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