朱色の悪魔

ズキッと胸の奥に痛みが走る。

たったこれだけ動いただけでこれか…。

いや、分かってる。でも、あと少しだけ無茶させて。そうしたら、あんたにこの体あげるからさ。

1つ深呼吸。舌の裏に入れた薬を飲み込む。

それで少しだけ息を潜めた痛み。

さぁ、これで時間はなくなった。一気に仕留めなければ。

煙が上がって来る。もう腰の高さだ。倒れた研究者のカードキーを拝借し、奥へ進む。

実験室へ。他の部屋は無視だ。

あそこ以外に奥へ向かう場所はない。なぜなら、実験室の手前にある2つの部屋は、物置と処理場だけなのだから。

隠し通路がある可能性がもっとも高いのも、奴らが話していた避難する場とやらも、どうやら実験室にあるようなのだから。

足を進めながら、右の手のひらも耳栓の仕込み針で裂く。深く、塞がれないように。
左手にも新たな傷をつける。

指先から伝う赤が、床に落ちる。点々とまるで私の行く先を示すように示されていく。

足を止める。最奥の部屋の前。

『朱音、先走るなよ。一緒に帰るんだ』

よみがえってきた言葉の引き留めを振り払う。私は、“私”で、もう、“華月 朱音”ではない。

だから、その約束は守れない。
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