奪うなら心を全部受け止めて

・啓司、本気だから

･佳織37歳


｢佳織さ〜ん？佳、織、さ、ん｣

｢ん、ん…う、ん…｣

トン、トン。背中を軽く叩いた。

｢佳織さん…起きてください｣

｢ん、う、うん…｣

｢佳織さん、起きてくれないと、俺、店終えません。佳織さん…、起きないと…襲っちゃいますよ〜｣

｢ん、う、ん…って、へ？えっ？何？｣

｢ふぅ、やっと起きてくれましたね、ハハハ｣

｢…ごめん啓司君。またやっちゃったのね…。
もう…ごめん…はぁ、営業妨害もいいとこね｣

｢んー、俺的には全然ＯＫです。逆に嬉しいくらいです｣

｢嬉しい？カクテル一杯でいつもいつも閉店まで居座る客が？｣

｢はい｣

｢なにゆえに？｣

｢ハハッ。なにゆえって、古風な言い回しだなぁ。…あのですね、それは、綺麗な佳織さんと閉店まで居られるからです｣

｢……。あ、は。絶句するわ…。こんなヨダレ垂らして眠りこけてるおばさんに、…有難う、流石ね～｣

｢流石？何がですか？｣

｢気を悪くさせないように言ってくれてるから｣

｢そんな、商売上で言ってるのとは違いますよ。…どうぞ、これ、使ってください｣

｢あ…有難う～。…気持ちいい～｣

渡したおしぼりは少し熱い。手を拭いて、首もとを押さえていた。

｢気を遣った事は言っていませんよ？事実を言ったまでです。佳織さんは綺麗だ｣

｢……。もう、言葉が出ないわ…。有り難う。
頭はとうに回路を断ち切っているから…。でも、…｣

｢はい？｣

｢ううん、…何でもないの。これ以上、片付けの手を止めさせては悪いから帰るわね｣

｢大丈夫ですか？歩けます？｣

｢いつも有難う。大丈夫よ。酔い潰れてる訳じゃないから。…アルコールに弱いだけ。ちゃんと歩けるから大丈夫｣

カタンッ。

「キャッ…」

段差がある。丁度ヒールの部分を踏み外したようだ。

｢おっとぉ…、大丈夫ですか？｣