未来への切符【ぎじプリ】
未来への切符
 朝の六時。誰もいないオフィス。
 私は自分のデスクに座り、どこを見るわけでもなく、ただぼんやり視線を前に向けていた。

「どうしたんだよ。浮かない顔して」
「別に」
 デスクの上に視線を落した。右手に握ったままの万年筆。そのキャップを開けたり閉めたりと、何度も繰り返す。

「まだ、悩んでるのか?」
「悩んでない」
 ちゃんと考えてだした答え。悩むはずがない。それでも、胸の中がモワモワとする。
 口から強く息を吐き、一緒にそれも吐きだしてみる。少し減ったような気もするけれど、全く変わらない気もする。

「なんだかダメダメだな、私」
「なにがダメなんだ?」
「意思が弱い。メンタルが弱い」

 万年筆をデスクの上に置き、ファイルを手に取った。
 そこには、私が手掛けてきた仕事が順番に収められている。
 これ、大変だったな。ああ、今の私ならここは違う色にするな。評判良かったよね、これ。この写真は左下に置けばもっとよかったかも。
 自分の作品を眺めながら、ひとり、いろいろなことを思い返してみる。そして、この決断は正しいのだろうか。もう一度、自問してしまう。

 こうすることがなにより正しい。わかっているのに、この期に及んで不安に襲われてしまう。
 ファイルを元の場所に戻し、またデスクの上に視線を落とす。

「今、目の前にいる僕は、君の意志だ。そして決意だ」
「わかってるよ、そんなの」
「なら、どうしてそんなに不安な顔をするんだ?」
 なんだか頭が重く感じて、デスクに肘をつき、手のひらで額を支えた。

「不安だよ。自分にはキャリアがある。その自信が私を突き動かした。自分にはそこそこ才能があると思っていた。でも、今までの作品を見ると不安になるの」
 一瞬、視界が揺らいだ。まずいと思い、口を噤んで鼻から大きく息を吸い込み、感情をなだめた。

「たまたま運がよかったんじゃないかって。企画に対して、私の持っている引き出しがピッタリ合致したんじゃないか。それなら、もう何年もこの仕事をしているんだから、もう次は存在しないんじゃないか。なら、勝手知ったる場所にいた方がいいんじゃないかな」
 私は両手で顔を押さえて、視界を遮った。真っ暗な世界で滲む涙と熱い息を押し殺した。

「それ、本気で言ってるの?」
 彼の問いに答えることができない。
「まったく、自分の経験と才能を、自分で否定するな。普通に考えて、今までの仕事が運だけでできるわけないだろう」
 その言葉で自分の顔から手を離し、彼を見た。

「仕事には運も大事。もしかしたら、君は運のいいタイプだったのかもしれない。でも、それ以上に努力したんだろ」
「努力……」
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