アルチュール・ド・リッシモン
8章 ブルゴーニュ公暗殺

ルーアン占領

「フン、ドイツ出身の淫乱王妃が生意気な!」
 イザボー王妃の暫定政府に対抗したのか、半年後の1418年6月、ヘンリー5世はルーアンを占領した。
 そこでも又、彼は残忍なことをした。
 12000人ほどの女子供が食糧不足の為に町から追われたのだが、体力が無く、城壁の濠を越えられず、英仏両軍の戦いの真っ只中に置かれて、双方に殺されてしまったのだった。
「何とむごい……」
 敵だけでなく味方の矢などで次々倒れていく女や子供に、アルチュール・ド・リッシモンは思わずそう呟き、顔をそむけた。
 もし自由の身となっても、私は絶対、このようなむごいことだけはせぬぞ! 出来れば、このようなやり方しかせぬイングランド軍をフランスの地から追い出してみせる! 永遠に!
 彼は心の中でそう叫び、決意を固め、拳をぎゅっと握り締めた。
 だが、悪いことはなかなか終わらぬもの。虐殺もそれだけでは済まなかったのだった。
 ルーアンは「町」としてブルゴーニュ公に救いを求めたのだが、それも無駄に終わり、降伏する。
 そこまでは、よくあることだった。
 だが、降伏した後も虐殺が続いたのである。町の名士たちが「見せしめ」として殺されたのである。
 しかも、町は、莫大な賠償金まで背負わされたのだった。

「くそ、イングランドめ! 虐殺の次は、金か? 何とか生き残った我らにも死ねと言っておるようなものではないか!」
 悲惨なルーアンで、それでも何とか生き残った者達は、陰でそう言い、イングランド軍への憎しみを募らせていった。
 その証拠として、町外れの村では、何年にもわたって孤立したイングランドの小分隊が攻撃され、虐殺される事件も起こったのだった。
 だが、この時にはまだ誰も、アルチュール・ド・リッシモンの心の中に芽生えた、イングランドへの強い憎悪と嫌悪には気付いていなかったのだった。

 一方、そのルーアンを助けなかったブルゴーニュ公ジャン無畏公はというと、その半年後に暗殺される。それも、王太子シャルルの側近によって。
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