アルチュール・ド・リッシモン

議会場でのジャンヌ公爵夫人

 ブルターニュ議会の中に入ると、ジャンヌ公爵夫人は祖父譲りの聡明さを一同に見せた。
「私は、すでに弟でもあるシャルル王太子に、夫を開放するよう手紙を書き送りました。それは、イングランド王ヘンリー5世の元にいる義弟アルチュール・ド・リッシモンに関しても同様です」
「ほう。アルチュール殿にも既に手紙を……」
 議員の一人が思わずそう言うと、ジャンヌは声がした方を見て微笑んだ。
「ええ。リシャールも捕らわれており、子供達はまだこのような幼さ。一群を率いて夫を救出出来るのは、アルチュール・ド・リッシモン以外考えられませんから」
「それは、確かに……」
 議場で一人がそう言うと「そうだ、そうだ」と次々他の者も言い出し、その場にあっという間に広まっていった。
 ジャンヌ公爵夫人はその様子を見ると、議場全体を見回して満足げに頷いた。
「では、アルチュールに夫の救出を一任してもよろしいですか? まさか皆さん、夫がパンティエーブルに捕らわれたままでよいとはお思いではございませんでしょう? だからこそ、ここにこうやって集まってこられておられるのでしょうし……」
「それは、確かに……」
 その声に満足げに頷くと、ジャンヌは表情を険しくして続けた。
「和睦を餌に夫を誘い出して幽閉するようなパンティエーブル家がブルターニュを治めて、今まで通りでいられるともお思いでもありませんわよね?」
 その彼女の言葉に、その場にいた者達は凍り付き、互いに顔を見合わせた。
「領主が万が一、パンティエーブル家になったとしても、何も変わらないで済むなんてお思いの方など、いらっしゃいませんわよね?」
 ジャンヌ公爵夫人はゆっくり周囲を見回すと、先ほどよりゆっくりした口調でそう尋ねた。
 たちまちしんと静まりかえる議会場。
「では、皆さまの賛同を得られたものとして、ヘンリー5世宛──本当はアルチュール宛でっすが──に書簡を送りましょう。どなたか届けて下さる方はいらっしゃいませんこと?」
「そ、そういうことでございましたら、尚璽(しょうじ)官辺りがよろしいかと」
 彼女の近くにいた男がそう言うと、ジャンヌ公爵夫人は頷いた。
 「尚璽官」というのは読んで字の如く「玉璽を管理する者」で、この場合はブルターニュの公式書類に押捺する種々の印を指した。それを管理しているものなので、さしずめ現代の筆頭書記官といったところだろうか。
 とにかく、その尚璽官のマックストロワを長とする匿名全権使節団が
「ブルトン軍を指揮して、国の正義を回復する為、リッシモンを貸して下さい」
とヘンリー5世に請願しに行ったのだった。
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