アルチュール・ド・リッシモン

カトリーヌ姫

一方、ヘンリー5世の相手のカトリーヌ姫はというと──
「ついに私も結婚ですので……」
 24歳年上のヘンリー5世との結婚が決まったことが告げられると、キリスト像の前で祈りを捧げていた少女はそう言ってため息をつき、立ち上がった。
 大柄で肉感的な母イザボー・ド・パヴィエールに似た、彫りの深い顔立ちに金髪。
 但し、彼女は小柄で痩せ形であったため、実際の年齢の19歳より幼く、15~6歳にしか見えなかった。
 が、顔だけ見ると、肌は確かに若々しく滑らかで白いのだが、表情は暗く、苦悩に満ち、年より老けて見えた。
「いつかはそういう話も舞い込んでくると思っていましたが、姉上の二の舞にならぬよう、そのヘンリー5世とやらのご機嫌を損ねないようにせねばなりませんわね」
「姫様なら大丈夫でしょう。ずっとこの修道院にいて、修道女と同じような厳しい暮らしにも耐えてこられたのですから……」
 彼女に近付きそう言ったのは、髪のほとんどが白くなった、文官ルイであった。
「禁欲生活より苦しかったのは、母の所業です。私達子供を産むだけ産んでほったらかしにし、男と遊び歩くなんて、恥以外の何物でもありませんもの! あんな女の胎(はら)から生まれたというだけで、ぞっとしますわ!」
 そう言いながら鳥肌がたった自分の腕をさする少女に、ルイは微笑んだ。
 彼女をポワシーの修道院に預けたのは間違いではなく、正しい判断であったなと思って。
 これだけ貞操観念も強く、善悪の判断も出来るのであれば、妻として可愛がられよう。王妃としての上品で優雅な所作は、結婚してむこうに渡ってから覚えればよい。逆にフランス式に染まっていないとなれば、好感も持たれよう。
「ルイ様……?」
 そんなことを思い、カトリーヌ姫を見ながら考えこんでいたからか、ルイはカトリーヌ姫のその言葉で我に返り、慌てて笑顔を作った。
「ああ、すみません! 結婚式の準備のことを考えておりました!」
 その言葉に、カトリーヌは微笑んだ。
 久しぶりに見るその笑顔は、年相応の愛らしいもので、ルイは「これなら大丈夫」との想いを強くした。
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