桜の木の下に【完】

*ののside*


加菜恵さんはその話を終えると、窺うように双子を見上げた。

彼らはどこか遠くを見るような目をしていて、何を考えているのかわからない。

私たちは気まずいまま何も言えずに座っていることしかできなかった。

そのうち、健冶さんと直弥さんが同時に口を開いた。


「あのさ、」
「実は、」


それに気づいて顔を見合せ、健冶さんは目で直弥さんを促した。

あっさり引き下がった健冶さんに少し眉を寄せたけど、それは一瞬だけで真剣な表情で話し始めた。


「魔方陣に乗った後に、親父に会った」

「っ………」


その言葉に健冶さんはハッと息をつまらせ、私たちもビックリしてお互いに顔を見合せた。

その様子を気にすることなく、少し俯きかげんで彼は続ける。


「健冶とバラバラになった先で、物がたくさんあってごちゃごちゃした部屋に出たんだ。出口を鏡が塞いでた。その鏡には昔のオレが映っててオレを陥れようとしたけど、突っぱねた…そんときに、人形がいたんだけどさ、そいつが……」


「親父だった」と、ポツリと言った。

双子の周りには彼らにしかわからない空気があった。彼らにしか共有できない何かが二人を覆い、それは心に訴えかける。

直弥さんはすでに泣きそうだった。


「親父が助けてくれた。ごちゃごちゃあった物はすべて家族の意識だって言ってた。弱った明月に残ってた力を吸われてしまったけど、一緒に魂みたいなのも吸収されて明月の中で生きてたんだ。仕組みはオレもよくわかんないんだけどさ…」


「大きくなったなって、言ってたぜ」と、健冶さんに伝えたらスッと立ち上がって部屋から出て行ってしまった。

きっと、もう涙が限界だったんだ。

私だって、短い時間でもどんな形であれお祖父ちゃんにまた会えたら泣いてしまう。

元気だよって言うと思う。心配しないでって伝えたくなる。

私は胸が熱くなって、そこに手をあてて拳を握った。彼らのここにも、ちゃんと大切な思い出がしまってあるはずだ。

その思い出がトントンとノックをするもんだから、直弥さんは一人になりたかったんだよね。


「……すみません、直弥を連れ戻して来ます。あいつにも聞いてもらわないと困るので」


直弥さんがいなくなって少し経つと、健冶さんはグッと何かをこらえるような厳しい顔つきで私たちを見回すと、静かに立ち去った。

その目も心なしか揺れて見えた。


「なるほどな…悠斗に遺族の話をもちかけたのはそういうことか。だが、それなら明月にその気はさらさら無かったことになる」


お父ちゃんが苦虫を噛み潰したように苦々しく言った。土砂に埋まった遺骨を集めるという条件は無意味な口約束だったんだ。

明月は悠斗さんをそそのかし、騙し、利用した。彼の苦悩を嘲笑っていたに違いない。

そんなやつがお祖父ちゃんのパートナーだったなんて許せない、と私は腹がたった。

里桜は明月の狙いは物理的なものだと言っていた。それが私の身体だと。

本当に人間への復讐が目的なのだろうか。

明月はなりふり構わず強い目的のために動いている気がするのに、少しやることには穴がある気もする。

最初に襲ってきたとき、まず私を殺せばいいのにそうはせず健冶さんたちを襲った。  

夢にも出てきたのに、自らの手で私に迫ることはなかった。幻獣を触るのはできるはできるけど、見える人にしか感触というのはわからない。

中の見えない箱に手を突っ込んで犬に舐められたり甘噛みされたりしても、それがなんなのかわからないから訳がわからなくてパニックになるだけ。それと一緒で、意識せずに幻獣に触れてしまったとしても少し痒かったな、とか、虫かな、とか些細なもので終わる。

……あ、そっか。

明月ってそもそも身体目当てだからあんまり乱暴に扱いたくなかったんだ。毒が回ったけど、量は大して多くなかったらしいし、意識を失うだけの効果しかなかったのかもしれない。

だから精神面だけに攻撃を集中させて、内側から乗っ取ろうとした。でも私の意思が固かったから、お祭りのときも失敗し、しばらく休むしかなかった。

あとは…今回の突入。

明月が関わったのは確かだけど、間接的な罠で足止めをしたようにも思える。自らが手を下した感じはあまりない。

いったい、何をしたかったのだろうか。
< 103 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop