桜の木の下に【完】

『……何、このネコ』


ビュオッと強い風が吹いたと思って目を開けると、白虎丸が明月の腕に噛みついているところだった。鼻にしわを寄せて思いっきり歯を立てている。

だが、全く歯が立たないようだった。噛みつかれた明月はさめた目で白虎丸を見ている。


『邪魔しないで』


次の瞬間、白虎丸はつたによって地面に強く叩きつけられた。その巨体は一度バウンドすると、血を吐いて倒れた。

その白虎丸は舌を口からだらけさせびくともしない。

その光景を見てもなお、オレの足は動かなかった。


白虎丸……オレはなんて薄情なんだろうな。


悔しさで涙が滲んできたそのとき、天空から風の一矢が降ってきて、白虎丸が噛みついていた明月の腕をかすった。

ハッとしてオレは上を見上げた。そこには一羽の鷹が旋回していた。


「悠斗……!」

「のの!」

「お、お父ちゃん?」


上に気を取られていたときに幹さんの声がしたと思ったら、いつの間にか健冶を抱き抱えののちゃんの手を掴んでいる幹さんがいた。

その背後には明月が驚いたような表情をしていた。


『坊や!』

「生憎、俺はもう坊やじゃない」

『逃がさないわ!』

「おまえの相手は俺だ!」


明月のつたが三人に迫ったとき、またもや風の矢が降り注ぎつたをズタズタに裂いた。


「お父ちゃん、なんでここに?」

「話は後だ。直弥くんも来るんだ」


オレは隣に並んだ幹さんに声をかけられて、やっと地面に貼り付いていた足を浮かせることができた。


「あっ…!」

「のの!!」


ふらふらと力なく走り出したとき、視界にいたはずのののちゃんがパッと消えた。

正確には、ガクッと崩れた。


「いったたた……」


ののちゃんは躓いただけ、といったように普通に立ち上がろうとしたけどできなかった。

オレたちにはバッチリと見えていた。

ののちゃんの足に、薔薇のつたがしっかりと巻き付いているのを。
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