桜の木の下に【完】

水瓶


どうやら、どこかの景色を見せているようだ。


「ここって……家?」


昼間の誰かの家。普通の家っぽい。

誰かの目線なのか、ゆらゆらと歩く度に揺れている。表札があとちょっとで見えそうだったけど、ピントが合ってないから読めなかった。

ドアノブに手がかかる。男の手っぽい。

ドアが開かれて玄関が見えた。

靴を脱いで、キョロキョロと見渡す。誰もいないのを確認しているのだろうか。


「この家の人の目線じゃないのかな?」

「さあ。女物の靴が見えたけど」


二人で考えてみたけどわからなかった。

男は色々な部屋を確認しながら慎重に廊下を進んでいる。リビングに近くなると、よりいっそうゆっくりになった。

そーっと覗くと、女性がこちらを背にしてソファーに座っているのが見えた。頭が傾いているから寝ているのかもしれない。

しばらく立ち止まって様子を確認すると、また歩き出した。

どこに向かっているのか、男はいったい誰なのか。

何もわからないけれど、固唾を飲んでひたすら見守った。


「あ…あそこ、健冶さんたちの家だよ」

「そのようね。とすると……」


男は階段をゆっくりと上ると、ある部屋に入った。そこの窓の外には見慣れた家の屋根があった。

ちょっと小さかったけど、たぶん間違ってないはずだ。

目線は窓から外れ、机の引き出しに指をかけるところに移った。横に伸びた薄い引き出しのところだ。


「秘密道具がありそうな引き出しだね」

「いやまさか……うええっ!?」


ないない、と手を振ったけど、あった。


「また紙?」

「ただの紙じゃないわ。ほら、魔方陣みたいなのが書かれてるじゃない。これも」

「ホントだ…」


引き出しの中には白い紙が折り畳んで収納されていて、何かを床に置いてからその紙を両手で開いて床に敷いた。

その紙には円形にびっしりと墨で文字が書かれている。

これにも血液が含まれているのかと思うと複雑な気持ちになる。

男はまた何かを持つと、その魔方陣の上に乗った。

魔方陣は妖しく光を発すると、目を開けられないほどの輝きを放ち始めた。

私たちは手で光を遮りその眩しさをしのいだ。その一瞬が過ぎると、薄暗い映像が流れた。

どうやらどこかの部屋らしく、暗いオレンジ色のスタンド式の灯りがひとつ、机の上に置かれていた。

そして、目が慣れてきた頃、床に踞っている人がいることに気がついた。

具合が悪いのか、肩を揺らして唸っているように見える。

男はその人に近づくと、優しくその肩に触れた。

その人は唸ることをやめ、ゆっくりとこちらに顔を向けた瞬間……

水面には何も映らなくなってしまった。
< 56 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop