吸血鬼の栄養学、狼男の生態学

 ◇


カーテンの隙間から差し込む眩しい光に、目が覚める。枕元の携帯で確認すると7時。
熱は下がったみたいだけど、まだ仕事には戻れないだろう。連絡を入れなくっちゃ。

起き上がろうとして、布団に重しがある事に気付いた。それは、ベッドに寄りかかりながら眠っている筧君で。

昨夜の自分の言動を思い出し、赤面しつつベッドの上であたふたするけど、いっこうに起きる様子がない。引っ張り出した毛布を掛けてあげてから、そっとベッドを下りた。

雪だるまはすっかり溶けて水に返り、折紙で作った眉毛や口が浮いていて。
底に沈んでいた白銀の鎖を引き上げると、シャラリと爽やかな音を立てる。
雪の結晶を象ったペンダントトップ。その六花の花弁一つ一つに付いた小さなダイヤが光を受けて輝いていた。


朝日が当たり身動いだ彼が目を覚まし、窓辺に立つ私を見つけて眩しそうに目を細める。

「おはようございます。調子、どうですか?」

「おはよう。うん、だいぶ良いみたい。これって私に?」

「もちろん。クリスマスプレゼントって言いましたよね」

私の手からペンダントを取り上げると、腕を回して首に着けてくれて。

「ニンニクネックレスなんかより、ずっとよく似合います。バイトを増やして頑張った甲斐がありました」

勝ち誇った顔で満足げに頷いている。

「もしかして。忙しいって、このため!?」

「今、親に仕送りを止められてて。ちょっと無理しちゃいました」

褒めて!褒めて!と言わんばかりに、ブンブンと揺れる尻尾の残像が見えた気がしたのは、まだ脳みそがウイルスに侵されているせいだろう。

鏡の前に立って、喉元に輝く雪の結晶を確認した。
身体に無理をしてまで、と思う反面、こそばゆい気恥ずかしさに襲われる。

――あれ?
鏡に映る首筋を指で触れると、そこにあるのは二つの牙の痕ではなくて、薄紅の花弁のような鬱血痕。
その意味が分からないような初心(うぶ)では、もちろんなくて。

「今日も良い天気ですね」

窓から外を眺め、脳天気に『朝日』を浴びる筧君。

「――最近の吸血鬼は、日を浴びても灰にならないのかなぁ?何だったら、心臓に杭を打ってみる?」

「や、嫌だなぁ。真澄さんも冗談って言ってたじゃないですか」

引きつり笑いで後退る彼に躙り寄った。

「何であんなバカバカしい嘘っ!?」

信じた自分はそれに輪を掛けたアホだけど!

「そういうのが好きなのかなって。ほら、あの時借りてたから」

私が筧君に探してもらった映画――吸血鬼と人間の、種族を越えた禁断のラブストーリー。

瞬間。下がったはずの熱がぶり返したように顔が熱を持つ。
その頬が、より熱い大きな手に包まれる。

「ねぇ。俺と永遠の恋、してくれませんか?」


悪戯な笑みを浮かべ犬歯を光らせた彼の首に腕を搦め。

その白い喉笛にカプリ、私は噛みついた。


 

   ―― 真澄Side 完 ――



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