吸血鬼の栄養学、狼男の生態学

一昔前まで『女は25才を過ぎたらクリスマス翌日のケーキと一緒の売れ残り』なんて、今だったらセクハラで訴えられるような事を平気で言われていたらしい。

すでに21世紀に入ってずいぶんと経った現代。さすがにそこまで風当たりは強くはないけれど、一緒に聖なる夜を過ごしてくれる相手の居ないアラサー女子には、華やかなイルミネーション輝く街並みは、少々眩しく感じられた。

 ◇

「田中さん。お薬が出ていますから、薬局に寄ってくださいね。お大事になさってください」

領収書と処方箋を渡した手を、しわくちゃの手に掴まれた。

「真澄ちゃん。今度、うちの息子に会ってくれないかねぇ」

町の小さな診療所で医療事務の仕事をしている私の元には、こんなありがた迷惑な話ばかりが寄ってくる。
私は、いつもの作り笑いで丁重にお断りした。


冬本番を控え、体調を崩すお年寄りやインフルエンザの予防接種にやってくるちびっ子たちで、狭い待合室は一日中ごった返す。

日もすっかり落ちた夕暮れ。やっと最後の患者さんを見送って、コキコキと首を鳴らした。
さぁ、締めを始めないと!借りたブルーレイの返却日が明日までなんだ。

パソコン画面に視線を落とすと、まだ電源を切っていなかった自動ドアが開いた。

「すみません、今日の診察は……。あれ?田中さん、お忘れ物ですか」

「真澄ちゃん、大変だ!そこで若い子が倒れてるっ!!」

「えっ!?」

救急車?って、ここには医者がいるじゃない。とりあえず中へ――。
慌てて外に出ると、入口のスロープの手摺りにグッタリともたれかかる人影に駆け寄った。

「大丈夫ですか?どうされました?」

血の気が引いた顔がLEDの街灯に照らされて、さらに青白く見える。
彼は薄らと目を開けて微笑むと、おもむろに右手を差し出し、その手にしっかりと握られていたのは……健康保険証だった。



新しいカルテを入力するカタカタとキーを打つ音が響く。

『筧 創祐(かけい そうすけ) 男性 22才』

これが入口で倒れていた彼の素性。
当の本人は、今、診察室のベッドで点滴を受けていた。

騒ぎを聞き、おっとり刀で飛び出してきた院長と二人で肩を貸して運び込んだ、青白い彼の顔が記憶のどこかに引っかかる。
某アイドルを彷彿させる今時の顔なんだけど……。

こめかみをグリグリして思い出す努力をしていると、カチャリと音がして診察室のドアが開いた。

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