陽のあたる場所へ

「あら、いいオトコ…」

玄関を開けた長瀬楓の第一声に、龍司は苦笑いを浮かべた。

「若くてやり手と聞いてたから、どんなガチガチのドS男が来るのかと思ってたのよ。
こんな可愛いイケメンくんとは…。
沙織ちゃん、毎日楽しいでしょ?」

…そう見えるかも知れないけど、実は手の早い、優しさの欠片もないドS男なんですけど…

そう思いながらも口には出せず、今度は沙織も苦笑いしてしまう。




楓は、脚本家からスタートした恋愛小説家。
凝った文学作品のように小難しい世界観は苦手、と言い、分かり易くリアルな世界を描くので、親近感を持つファンが多い。


楓とは、もう何年の付き合いになるのだろうか…
入社一年目が過ぎた頃、寿退社をする予定の先輩に引き継ぎとして連れて行かれたのが最初の出会いだったから、かれこれ10年近くになる。

初めて担当に付く作家という事で、緊張していた沙織の目に映った楓は、落ち着いたクールな印象だった。

下手な事をしたら無言で睨まれそうなイメージだったので、話すのにも構えてしまったが、実際は全く違う性格だった。

意外に気さくで、しょうもない冗談も言うし、情にもろい。

「黙ってると怖いってよく言われるのよ」

と、初対面から少し経ってから、必ず弁明する羽目になるのだと教えてくれた。

年齢も10歳ほど上ということもあり、いつの間にか沙織にとっては〝何でも相談できる親戚のお姉ちゃん〟というような立場になっていた。



しかし、そんなことは、まだ本社に来て日が浅い龍司は、知る筈もない。

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