陽のあたる場所へ

エレベーターに乗ると、壁にもたれて大きく息をした。

沙織は気付いてしまった。
いや、気付いていたのに、否定しようとしていただけだ。

このエレベーターの中で、突然キスをされたあの日から、とっくに恋に落ちていた。

もっと遡れば、それ以前から彼のことを気になり始めていた事に、あの時気付かされた。


あの時も、今日のことも、龍司の訳のわからない行動に腹立たしさを覚えたのなら、もっと本気で抵抗するか、訳を問い質した筈だ。
それをしようとしなかったのは、龍司の中に沙織に対する気持ちがないのを、確認するのが怖かったからだ。

とっくに好きになっていたんだ…
好きになっても仕方のない人を…。

心を通わせることなど絶対にできない。
彼は私を愛してなどいないのだから…。

恋愛は損得ではない。
自分が想うのと、同じくらい返してくれる人じゃなきゃ愛せない…などと、言うつもりはない。

それにしてもこの気持ちが “ 恋愛 ” だというのなら、あまりにも不毛過ぎる。


思わず溜息をつくと、苦笑いがこぼれた。
どうしちゃったんだろう…
こんな自分は自分じゃない。
そう否定でもしなければ、心を保っていられない気がした。



ロビーを抜け外に出ると、ビルの谷間を抜ける風が冷たく感じられ、いつの間にか冬が近づいていることに気付く。

龍司の手や唇の感触が、まだ身体中に残っていて熱く疼いていたけれど、冷たい風は、心の奥深くにまで吹き込んで来るようだった。

< 33 / 237 >

この作品をシェア

pagetop