不機嫌な恋なら、先生と





夕方を過ぎた。先生を誘ったのは、私からだった。ゲラのチェックをお願いしたいのと、次回の打ち合わせを兼ねて。

お互いの会社の中間地点にあるイタリアンのカフェ。先生からの指定があったからここにした。

先生は先に窓際の席に座っていて、ノートパソコンを開いていた。姿を見つけて数秒、声をかけるのをためらってしまったのは、少しだけ真剣な顔に目が離せなくなってしまったからだ。

黙ってるのに、伏せた目が色っぽい。

そう思ってしまうのは、やっぱり、昔好きだったからかと、心の中で溜め息を吐いて、きちんと境界線をひいてから、向かった。

「すみません。お待たせしました」

声をかけてるのに、先生は気付かなくて二度目でようやく顔をあげてバツ悪そうに苦笑した。

「ああ。悪い。集中してると気が付かなくて」

「いいえ。お仕事ですか?」と、飲み物を置いてから、着ていたチェスターコートと鞄を椅子に置く。

「仕事と言いたいけど、今、浮かんだことがあったから、書き留めたくなって」

「わ。もしかして、秘密の恋のですか?」

「残念。ネタ帳みたいなものだよ。あっちは、いつもプロットを作らないで、書きながら考えてるから、書き留めたりしないんだ」

ああ。だから、私と今、会っているのかと当たり前のことを理解する。

「ここのお店よく来るんですか?」

「ん?たまにね。今日みたいに早く仕事終わったときとか、ここで小説を書くときもあるから」

「あっ、そうなんですか?」

「閉店近くまでいるときもあるから、店の人には、何やってんだよと思われてるかもしれないけどね」と、パソコンを閉じた。
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