不機嫌な恋なら、先生と
「えっ?」
「チョコあげたことあるでしょ?」
「そ……それはありますけど。残念ながら、小説のネタになりそうないい思い出はないですよ。チョコを渡して告白なんてこともしたことありませんから」
「付き合うときは、言われるほう?」
「まあ……どちらかといえばそうですかね」
適当に言って、もう一度口をつける。
実際は中味のない交際だったけど、告白はいつも向こうからだったから嘘ではない。
先生のバレンタインの思い出は敢えて訊かなかった。
それから気を取り直して、「あと何かお手伝いできることありますか?必要あれば、資料とか集めますし」と、話題を変えた。
「急に積極的だね」
「普通ですよ」
それは、先生に気に入られる行動をとろうと、努力していますからなんて言えない。
「先生の小説、楽しみにしてるのは読者だけじゃないんですからね」と、微笑んでみた。
好感度、上がれと念を込めて。
「なんかすっごい気持ち悪いね」と、笑顔でサラリと言い渡された。
ほめ殺しも抑揚つけてやらないとダメなのかもしれない。下心って伝わるものなのかもしれない。笑ってごまかした。
「箱崎さんは、打ち合わせ終わったら、会社に戻るの?」
「あ、今日はこれで直帰しようと思っています」
「そっか。じゃあ気を付けてね。お疲れ様」
変な沈黙が流れてから、あっ、帰ればいいのかと気づいた。