御曹司と愛され蜜月ライフ
「……っか、」

「さっきも思ったんだが……卯月の手は、ひんやりしてて気持ちいい」



言いながら、課長の親指が私の左手の甲を撫でるように動いた。

もうずっと、ドキドキを通り越して心臓が痛いくらいだ。震えるくちびるで答える。



「わ、私、冷え症なので……」

「そうか。冬場は大変そうだな」



私の手を掴んだまま、ゆっくりと課長が右手を持ち上げた。

冷え症なだけじゃない、たぶん今は緊張のせいで冷たくなっている私の左手のひらを、そのままぺたりと自分の頬にあてる。



「でも、熱のせいか今の俺には心地いい。こうしてるとなんだか落ち着くし」

「……ッ、」



っわ、私は全然落ち着かないんですけど……!

そうは思っても言えるわけない。だってなんだか、課長がすごく気持ちよさそうな表情をしているのだ。

いくら手は冷たいといっても、課長のせいでずっと身体は火照っている。私も風邪、うつったんじゃないかな。


すり、と、課長が私の手のひらに小さく頬ずりをした。



「……昔、聞いたことがある。手の温度が冷たい人は、心があたたかいそうだ」



そう話す課長の声は、なんだか隙だらけでいつもの彼じゃないみたい。

うとうととまどろみに引きずられてそのまぶたを細めながら、課長は微笑んだ。



「……きみは、その通りだな」



握られていた手の力が不意に緩む。おそらく真っ赤な顔をしているであろう私の目の前で、課長はすでに穏やかな寝息をたてていた。



「………」



つい口を開きかけて、また閉じる。

はーっと深く息を吐いた私は、さっきまで課長に掴まれていたのとは反対の方の指先で、彼の左目下にあるほくろをそっとなぞった。



「……あったかいのは、あなたの方ですよ」



思い出す。私が作ったごはんを、いつも綺麗に食べて「おいしい」と言ってくれる笑顔。

あの茶髪男から逃げられなくて、心の底から誰かの助けを求めたときに……抱きしめてくれた、大きな身体。



『自分が今できることを、精いっぱいやってるだけだ』



私が、ただ自分を守るため“あの頃”にずっと置き去りにしている気持ちを──こんなにも大事にして、体現できるひと。

……私はそんなあなたに、褒めてもらえるような人間じゃないのに。


彼がくれる分不相応な言葉に、胸をしめつけられながら。それでも私は、しばらくこの空間を離れることができなかった。
< 88 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop