隣の彼は契約者

05*4



 肌寒い給湯室で、火にかけたヤカンを見つめる。
 徐々に沸騰する音が耳に届き、湯気が寒さを払うが、私の頭を支配するのはさっきの声。


『……逃げるなよ?』


 それは昼休みに聞いた声と同じだった。
 耳元で言われたわけじゃないのに、産毛が逆立つほど艶めいた声。思い出すだけでも抱きしめる身体が震える。


「違う……今は違う」


 呟きに、動悸が別のことで激しくなる。
 今のところ大橋さんからの連絡は一切ない。見限られたのかとも思ったけど『待ってもらっている』と先輩は言った。つまり二人の間で何かが交わされ……先輩は何かを知っていることになる。

 その“何か”はわからないし、聞きたくないのが本音だ。
 でも、同じぐらい私も聞きたいこと、知ってしまったが故に問いたいことがある。答えてくれるかは不透明だが、ここまできたら腹を決めよう……何より木霊する声に逃げることはできないと悟った。


「よっし……!」


 気合を入れるように両手で頬を叩く。
 しゅんしゅんに沸いたお湯のように熱いどころか痛いが、鼻をくすぐるコーヒーの匂いにまた気を引き締めた。

 なのに、戻ったフロアは真っ暗。
 顔を真っ青にした私はお盆を落としそうになったが、ぼんやりとした明かりを見つける。薄っすら射し込む月明かりとは違う、自分と彼のパソコンの光。



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