隣の彼は契約者

08*2



「どうしました? あ、もしかしてみやび先生にセクハラでもされました!? だったら文句言ってやりますよ!」
「い、いえいえっ!」


 険悪な顔つきで身を乗り出した彼女に慌ててカップを置くと頭を振る。
 確かに手を繋いだり抱きしめられたりしたが、セクハラとはちょっと違う……だって、嫌じゃなかった。


「あっと、雅史さ、あ、みやびさんって意外と饒舌なんだなあって」


 散々『名前で呼べ』と言われたせいで、危うく呼んでしまいそうになる。
 なのに会社で呼ぼうとすれば頭を叩かれ、必要時以外は無口。二重人格ですかと言いたいぐらいの変わりように戸惑うしかない。
 誤魔化すようにコーヒーを飲むと『ああ』と頷いた大橋さんは座り直した。


「あの人、喋る時は喋りますよ。ただ夜型なので昼間の反応が薄いだけです」


 話を逸らせたことに安堵すると、自身のカップを手に取った大橋さんは一息ついた。


「まひろ先生もだと思いますが、やっぱり一般職に就いてると執筆は夜になるでしょ?」
「まあ……そうですね」
「特に絵師は帰宅しないとできませんし、編集(こっち)からの連絡が深夜になる時もあるので……自然と染まるんですよ、夜に」


 ふっと、どこか遠くを見つめる目に悪寒が走る。
 同様に先輩がいつも眠そうで、定時で帰っていた理由が絵関係だと考えれば納得できた。

 ちなみに出版社の休みはカレンダー通り。
 けれど、担当作家の状況次第では編集者も休日出勤するし、深夜でも電話を受けたり打ち合わせしたりと多忙らしい。



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