隣の彼は契約者

09*6



 次第に撫でていた手が前髪を上げる。
 男性にしては長い睫に驚くが、ふと視線を落とせば目が重なる。自分だけを捉え映す瞳に、またのけ反りそうになるのを堪えると慌てて目を逸らした。


「え、えっと、今度一緒にナンのお店に行きましょうね!  今日以外だったら空いてますから!!」


 必死に言っても、緊張とは違う動悸が激しく鳴っている。
 それが良いのか悪いのかわからないでいると、くすりと笑う声が聞こえた。


「デートの誘いか?」
「デ、デ……っ!」


 予想外の返しに自然と顔が戻る。が、失敗した。
 目の前には逆光で光る眼鏡。その奥にある目は細く、口元には滅多に見ることはない笑み。それは普通の笑みではない、意地悪顔。
 つい後退ってしまったが、階段であることを失念していた。

 段差に引っかかった足に、身体は過ちを繰り返すように崩れ、覚えのある両腕に抱き留められる。すると身体が宙を浮き、抱えられていることに気付いた時には踊り場まで降りていた。

 居た堪れなさに土下座する気でいたが、なぜか下ろしてくれない。それどころか、抱えられたまま壁に背中を押しつけられた。


「せ、先輩っ」
「しっ、静かに」


 抑制のある声に遮られると、上階から足音と笑い声が聞こえる。
 急いで離れなければと思うが、背中は壁。腰とお尻は大きな両腕に支えられ、目前には先輩の顔。鼻と鼻がくっつくほど近い距離に心臓が激しさを増していると、艶やかな唇がゆっくりと開いた。



「誘ってくれるというなら今からしようか」
「い、今って……だから今日は」


 ダメ、そう言おうとしたのに、先輩の顔が近付いてくる。



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