もしも沖田総司になったら…
病との格闘
 私が沖田総司として生活を送るようになって何日が過ぎたことだろう。何日、この幕末の世を見守り続けてきている空を見上げたことだろう。現代の空とそう大して変わらないはずなのに、なぜかこの時代の空は雲がかっているように感じた。それは、自分が他人の身体のなかで生活を過ごしているからかもしれない。
 「日に日に…身体が弱っていく感じがする…。病気のせいかな…」
 そして、労咳の症状である咳も日に日に多く出るようになってきたし、少々微熱も出てきている気がする。時折、咳き込んだ私の様子を目にした土方さんや斎藤さんは「風邪か?」と聞いてきてくれるけれど、私は病のことは打ち明けることなく季節外れの風邪ということで話しを流してしまうことにした。
 けれど、その言い訳もいつまで続くことができるか分かったものではない。
 具合の良いときは、なるべく外の空気を吸うようにはしているけれど、それで病が治るわけではない。根本的な治療法に至っているわけではないものの少しでも身体の良いモノを体内に取り入れたくて斎藤さんや土方さんが少しでも時間が空いているときには街中に一緒に出掛けることもしてみた。
 風邪、という名目で隊士たちとの稽古をすることはめっきり減ってしまった沖田を不審に思う人は少なくないだろう。中には、沖田のいつもの我が儘で稽古をサボっているのでは?と考えている人もいるのかもしれないが、斎藤さんの話しを聞いていくと意外にも沖田は稽古をサボることはしないらしい。ただ、稽古には顔を出していてもまるで稽古相手を小馬鹿にしてみたり、本気で稽古を部下たちにつけることはしなかったようだ。そういう部分は私が思い込んだ通り子どもっぽい感じがする。
 「…うっ、ケホ…コホッ…」
 特にすることも無く、出来ることも限られている今の身体でフラフラするわけにはいかずに自室に引きこもる時間が多くなってきた。掃除が行き届いているわけでもない屯所のなかで過ごすのは病持ちの身体にも良くないとは言えないものの自分から掃除をする気にもならなかったし、きっと沖田自ら掃除をしている姿を見られたら周りの隊士たちに逆に不審がられてしまうことだろう。
 でも、自室にこもっていると度々間隔を狭めて襲ってくる咳の苦しさについつい心が折れてしまいそうになる。まだこの身体が健康体そのものだったらそのような感情に至ることは無かったのかもしれないけれど、この時代では死病と呼ばれるほどの病を患ってしまっているのだ。
 さすがに微熱と咳がいつまで経っても治らないとなると土方さんたちも不審に思うようになるかもしれない。でも、自分が死病を患ってしまっているなんてことを自分の口から言い出すことはどうしても躊躇われてしまった。自分の口から労咳を言うだけで余計に病気のことを意識してしまいそうだったから。…こんなとき沖田だったらどう思うだろう?
 「…ゲホッ、ゴホ…!」
 咳だけで済めばまだマシ。咳をするたびに喀血症状もどんどん酷くなってきている。何度懐から取り出した布を赤く染めてしまったか分からなくなるほどに喀血する回数が増えてきている。
 自室で一人で過ごしているときにこの症状が起きてホッとしている自分もいた。もしも街中で喀血するほどの激しい咳をしてしまったら周りはパニックになるだろうし、土方さんや斎藤さんがいる前でこの症状を起こしてしまったらすぐに労咳として医者の元に連れて行かれてしまうだろう。そして、身体を安静にするために埃っぽい新選組屯所から自然の多い場所に住まいを移して過ごすことになるかもしれない。
 「…さすがに、ここから離れたくはないなぁ…」
 ここは…新選組は沖田にとっても私にとっても今や大切な場所だ。私がなぜ沖田の身体の中に、この時代にやって来てしまったのかは分からないもののそれでも土方さんや斎藤さんといった信頼の置ける人と出会えたことには感謝したい。もっと見知らぬ場所で、斬り合いでも行われているようなところに急に現れるようなことがあったらもっと自分は動揺していただろうし、今まで生きて過ごすことが出来ていたかも分からない。取り敢えず、新選組に席を置いている限りは安全なようだ。
 「……総司、具合はどうだ?一応、医者を呼んで来たのだが…」
 そっと襖を開けられると斎藤さん特有の落ち着いた声色が聞こえてきた。
 …良かった。先ほど咳き込んでいた私の様子は知られていない…と思いたい。
 微熱と咳が出るようになって土方さんにバレてからは定期的に新選組や世話になっている近くの診療所から医者を呼んで具合を看てもらっている。医者にも私からは季節外れの風邪ということで誤魔化してきてはいるもののそろそろ医者の口から病名を通告されるかもしれない。微熱と咳がここまで続くのは普通の風邪ではいくらなんでも考えられないはずだから。
 「あ、うん。ありがと…じゃあ、通してもらってくれる?」
 沖田とは同年代だろうが、私にとっては歳上の斎藤さんに一時は敬語を使って接していこうかと考えたもののそれを告げると斎藤さんは笑って普通に接して欲しいと逆にお願いされてしまった。沖田は土方さんにはさすがに敬語を使って接しているようだが、その接し方はふざけた類のものがあったという…。新選組の副長の土方さんと言えば鬼の副長として現代では知られているところもあるがそんな土方さんにふざけた態度を取れるのも沖田だからだろう。さすがに私はそこまで真似することは出来ない。
 私の経緯は斎藤さんに聞いてもらって、一応土方さんの耳にも知らせてもらったらしい。それを本当に信じるかどうかまでは分からないが、私が沖田ではないということは土方さんも薄々感じていたらしいから信じてくれる可能性が高いだろう。
 「失礼しますよ、沖田さん。具合はどうですかね?」
 襖が開かれるともう何度目かになる診療所の医者が部屋にやってきて私が座っている傍で腰を下ろすと様子を伺ってきた。いつもは斎藤さんは気を遣ってくれているのか医者に具合を看てもらってくれている間は距離を取ってくれたり、一旦この部屋から離れていってしまうものの今日は違った。襖の近くの壁に背を預けながら私たちの様子を静かに見ている。それはまさに観察しているような類のもので、私の身体の具合を伺っているのかもしれない。
 「……え、えぇ。まだ少し熱っぽくて咳もたまに出るんですよね。また薬貰えますか?」
 「……いや、薬は…風邪薬はもう必要無いでしょう…」
 「え?もう飲まなくて良いんですか?あの苦い薬」
 そう、医者が用意してくれる薬はとても苦かった。現代の薬の中にも苦い薬は未だに存在しているもののカプセル型や錠剤といったものが主流になってきている現代の薬にすっかり慣れてしまっている私としては苦い粉薬をたびたび飲まなければならないというのはそれだけで大きなストレスになっていた。
 「…斎藤さんも薄々感じていることでしょうが…沖田さんは、とある病を患っていると考えられます。…はっきり言うのは躊躇われるのですが、今回ばかりは時間を掛ければ掛けるほどに病気が進行してしまう恐れがあるのではっきり言いましょう。沖田さん、あなたは労咳を患っているでしょう。あなた自身もその自覚があるはずです」
 どの時代においても医者は的確だ。そして、患者の意思やタイミングなんてものを考えなしに病名を告げてくる。出来れば斎藤さんの耳には入れて欲しくなかったけれど、私の事情を一番知ってくれているのは斎藤さんだ。医者も沖田と斎藤の仲は深い絆で繋がっているものとして一緒にいるように事前に話していたのかもしれない。
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