そこには、君が





可笑しくて、


笑いが止まらない。


これを選び、買おうとしていた


この人を、見たかった。


きっと顔を真っ赤にしながら、


慌てていたに違いない。





「明香ちゃんってさ」





急に視界が奪われ、


一瞬で腕の中に入る体。


温かい。


この温もりをずっと、


待ってた。






「卑怯なんだって」




「卑怯はどっちですか」




「え?そっち」




「自覚して下さいね」






甘いひとときが、


ずっと続く。


願っても止まない願い。


どうか笑っていられますように。


自然とそう願っていた。






「わたし買い物してから帰ります」




「送って行く?」




「商店街におばあちゃんが待ってて」




「そっか、なら大丈夫か」






こうやって嘘をつく私を、


温めてくれるこの手を、


私が知ってていいのか。


味わってていいのか。


時に疑問に思う。







「気を付けて」




「はい」






名残惜しさを残しながら、


私は徹平さんを見送る。


何度も振り返る彼を、


愛しい目で見つめる。


優しいな。素敵だな。


それの繰り返しで。





「あ、急がなきゃ」





どんなに幸せでも。


引き戻される。


大和のせいで。






「ただじゃおかない」






独り言を呟きながら、


さっき通り過ぎた大和の好きな


お店に戻る。


いつも頼むメニューを、


お持ち帰りで注文。


丁寧に包んでくれる袋を手に、


店を出てすぐ大和にメール。


"今から帰る"


それだけ打つと、


なるべく早歩きで家に向かった。


なんで今日に限って、


静香ちゃんの所行っちゃうの。


ていうか、なんで自分のご飯を、


自分で作れないの。


って、何で私が面倒見なきゃ


いけないの。


頭で湧いてくる大和への愚痴を、


袋を力いっぱい握ることで発散させた。


どうせやりどころのない怒りだもの。






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