without you
「なぁ、あみか」
「はい?」
「料理研究家という仕事に未練はないのか」
「ないです」
「ホントか?」
「そりゃあ、好きな事を仕事にしていたし、ああいう形で辞めてしまったから、しばらくは未練ありました。でも、今は未練ないです。本当に。そう言いきれるのは、純世さんがいつも、私が作った朝食を、ホントに嬉しそうな顔で全部食べてくれたから。私も作り甲斐があるっていうか・・・嬉しくて。最初は、どうやったら社長を驚かすことができるかなと考えて。自分の得意分野を活かしたことをすればいいかも。だったら、社長が海外から帰ってきたときくらい、朝食を差し入れしてみようって、思いついたことだったんですけど」

少し頬を赤らめながら、俺から視線を外して話すあみかが、すごく愛しい。
触れたいという衝動に駆られた俺は、左で持ってた箸を置くと、右手の指の背で、向かいに座っている俺のガールフレンドの頬をそっと撫でた。
あみかは驚きながらも、嬉しそうな顔をしている。
俺たちは間違いなく愛を育ててる。俺たち流の愛を。
と思うと、俺の胸がジーンと熱くなった。

「とにかく、それで気づいたんです。私が料理好きなのは、誰かが私が作った料理を“おいしい!”って思ってくれるからなんだって。キレイに平らげてくれると、もっと嬉しい。だから、料理を仕事にしなくても、今は、誰か・・・特別な人に料理をして、食べてもらう。それだけで、私は十分幸せなんです」
「だったら、まだ俺の秘書でいてくれるよな?」
「はい。できれば、あなたの・・ガールフレンドも、引き続いて」
「もちろんだ!」

俺は力強くそう答えると、身を乗り出すように前へ出て、あみか―――俺のガールフレンド―――にキスをした。

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