③愛しのマイ・フェア・レディ~一夜限りの恋人~
 原口の去った社長室。

「これは一体、どういう事かな?」
「ううう…スミマセン…」

 仰向けに倒れたまま、燈子の脇を持ち上げながら、社長はスッと立ち上がった。

「ああ、君は。
確か大神君の所の子だね?今朝、彼と一緒だった」

「ハイ…」

「えーっと待てよ?名前は…そうだ。赤野…燈子。だったね」

「ええっ、私のこと……ご存知なんですか」

 

「ああ、社員の顔と名前は覚えるようにしてるんだ。
 大切にお預かりしているつもりだよ」

 うっひゃあ!
 燈子は丸い目をさらに丸くした。

 本社だけでもゆうに200人はいる社員を全部覚えてるなんて。

 自分など、いつも顧客の担当者名を間違えて、大神課長に叱責を受けているっていうのになあ。

 燈子が感心していると、社長は歪んだネクタイを整えながら、静かな声で尋ねた。

「…さ、話してくれるね?
何故あんな所に隠れていたのか。
まさか私のファンという訳でもないだろう?」

 紳士的で落ち着いた、しかし有無を言わせない口調。
 投げ掛けられるまっすぐな視線に、陳腐な言い訳は通用しない。

 悟った燈子は、真実を打ち明けるほかなかった。

 ただ一点、もう一人の共犯者の存在を除いて。


「ふぅむ…困ったね。どうしたものか」

 燈子のUSBメモリを乗せた掌を見下ろして、社長は唸った。

「うう…」

 腕組みをして顎に手をやった社長の難しい顔に、燈子は暗澹たる思いに駈られていた。

_やっぱクビかあ。
 2年しかいなかったから、退職金もあんまりないだろうなあ…
 …ハロワ通わなきゃ_
 
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