新天地へ
カチリ、新しい時代の音
 見ての通り、俺は技術者だ。新天地の技術者って言ったら、たいそう重宝されて、給料もいいってもんじゃないくらいだ。ただな、あいつら、あの空の監獄に閉じ込められて人生が仕舞うまで働き詰めなんだよ。実はな。俺もそうだった。欲しい物はなんでも手に入ったけど、まあ、ふわふわしてたんだよ。文字通りな。いったんそのふわふわが嫌になっても、逃げられる事はできん。優秀な人材に加えて、機密事項をしこたま頭に抱えたやつなんて、どっかへ行かせることなんてできるわけないからな。
 でも俺はここに堕ちてきた。
 本当に落ちたんだ。天空のトイレの窓をぶち破ってな。
 ありゃあ、最高の景色だったな。今でも鮮明に覚えてるよ。
 俺はあの時世界を一望できた。風を浴び、太陽の日差しに刺されながら、天と地が交わる果てまでを見た。
 不思議なことに、思い切って飛んだ時、新天地以外に世界が広がってるって、初めて気づいたんだ。馬鹿だなあって思ったよ。いっつも同じ景色を見てるはずなのに、本当は全然違ったんだ。
なに?いや、落ちても平気だ。俺の身体は丈夫なんだ。そういう種族なんだよ。
えーと、それでだな、この底辺に落ちて、俺は細々と稼業を続けててな。依頼されるものなら何でも作る。何でも屋って感じだな。武器以外ならなんでも作る。そうやってお客が世界と関われる武器を作ってるんだ。
「そして、パスポートもな。」
「作れるの?」
「話を聞いてなかったのか。俺はあのクソ天国にいた技術者だぞ。パスポートくらい朝飯まえさ。」
「ほんとに?すごい!」
「まあまあ、ただ、朝飯まえなのはちょっと言い過ぎで、少し時間がかかる。二、三日必要だ。昨日から取りかかってるから、明日か明後日には作れるはずだな。」
 すごいなあと思った。わたしが必要なものを昨日から見越してたのか。
「その間どうする?」
 それからパスポートが出来上がるまでは素敵な日々だった。恐ろしくて外には出れなかったから、というかここの居心地が良かったから、ずっとここにいた。食器を洗ったり、洗濯したり、掃除をしたり、食事を手伝ったり、ここに居させてもらう最低限のことはした。それ以外の自由な時間は、ここにあるたくさんのおもちゃで遊んだ。頭に被るディスプレイだったり、対話できるマシンだったり、小型犬のロボットや、その他使い方すらわからないものが倉庫も含めてたくさんあった。面白そうなものを取ってきて、一通り遊んで、時には使い方を教えてもらって、そうやってごろごろと一日を過ごした。
 時々お客さんが来ることもあった。客が来ると出口に一番近い蛍光灯が淡いピンク色に変わる。わたしもそれで知られたんだ。ピンクに変わると無言で倉庫の方を顎で指す。わたしは黙って頷いてそっと倉庫に隠れる。最初の頃はどきどきした。会話がところどころ聞こえてきて、「なんかよお、おめえの家、変な臭いしねえか」とか言っている気がして、その度に息を止めて存在を消した。甲高い声や低い声いろんな客が来たけれど、柄の悪そうな奴らばっかりだった。
「こんなところに柄のいいやつなんて居るわきゃない。」
と言われた。
「恐くないの?体小さいのに。」
「余計なお世話だよ。俺、頑丈だって言っただろう。本当に、なにされても大丈夫。あいつらも手を出すだけ無駄って知ってるんだ。」
 驚いた。そういう生き延び方もあるんだ。
 そうしてわたしはごろごろし、彼はパスポートを作った。技術的なことを聞きたくて、結局は白いピースのことについても話した。話を聞くと彼はペンシル型の機械を置いて、腕を組んで中空を見つめた。
「うーん。」
「疑ってる?変な物やってないよわたし。」
「ほー。そっちにも変な物ってあるんだな。ここいらのはやばいぞ。死んでなお体が生き続けるくらい強力なやつがあるんだ。でも、そういうのは聞いた事ないな。」
「技術的にも無理?ここなら人の頭の中をいじれる何かありそうだけど。」
「いや、あるっちゃああるが、そこまでクリアに制御できるもんかね。」
「上で新しく開発したのかも?」
「まあ、絶対ないとは言い切れんが、新天地からそんなに遠く離れた場所の検体を選ぶとは思えないんだな。あいつら、プライドが自分のいるとこと同じくらい高えから、新天地しか興味ねえんだよ。それに、ここから、あんたのいた場所まで相当距離があるだろ。そこまで何か信号を送ろうとすれば、相当でかい増幅装置がいるだろう。まあ、でかくなるのはそこにいれる石だけどな。」
「石?」
「ああ、石というか、宝石かな。紅い宝石だ。宝石としての価値も高いから、みんなこぞって欲しがるんだ。確かにあれは本当に美しかった。俺もあそこにいた時にこんなにちっちゃいそれを実験で使ったことがあるんだが、実験のことなんて忘れてこの石と暮らしたいって思ったほど魅力的だったんだ。恐ろしいほどな。こんなひとかけらで、実験施設を何個も買えるくらい高いんだな。これが。」
彼は何度も親指と人差し指を近づけて細い隙間を作った。
「ただ、新天地に来てから、急になくなったってのが妙だな。ただ、うーん、やっぱりわからん。」
「そっか・・・。ありがとう。」

 いつものように倉庫で眠っていると、肩をとんとんと叩かれて目が覚めた。思い瞼を開けると、煌々とした明かりに照らされて彼がわたしを見ていた。
「できたぞ。」

「いいか、あんまり時間がない。パスポートの証明書は半日ごとに変わるんだ。つまり・・・」
彼は腕時計を見た。腕時計なんて着けてたっけ。眩しくてよく見えなかったけど、ラバー状の黒いベルトが生えている黒い時計のようだった。よく見ると、いつもと違う服装だった。全身真っ黒だけれど、工事現場の人達が着ていたような、すこしだぼだぼの服を身にまとっていた。
「・・・おい、聞いてるか。最大まで時間が使えるように、今さっき作ったばっかりだから、あと十二時間弱ある。」
彼はわたしを見た。
「それまでに中枢へ行け。」
 わたしは彼の顔を見たままうんと頷いた。駆け足で別れのときが近づいてくる。パスポートなんてもういらないのに。ここにいるだけでいいのに。ここが旅の目的地でもいいのに。そう喉まで出かかったけれど、彼の決意に満ちた顔、わたしが出て行くのに、なぜか彼が一番緊張していた、その顔を見ると、言い出せなくなってしまった。
「おい、起きろ!時間がないぞ。さっさと着替えろ。途中までは送ってやる。それまでに上の仕組みを全部教えるから、頭に叩き込んでおけよ。」
 そう言って扉をばたんと閉めた。わたしは何も言わずそれでも一応急ぎながら彼お手製のパジャマを脱いだ。ぱさっと脱ぎ捨てると、扉の隙間から漏れ出た光が暗闇の中わたしの身体をほの白く光らせた。白く伸びた手先と脚を眺めるとどうにもわたしの身体が女っぽくてしてしかたなかった。わたしの身体がここに居たがっているような、何かを惹き付けようと、惹き付けたいと思っているようだった。
 落ちた前髪を指で耳にかけ、ゆっくりと服を着た。

 扉を細く開けて、外の様子を伺う。
「大丈夫だ。」
そう言って彼が先に外へ出た。わたしは最後に小さな部屋を見回した。扉が開いている時も、入り口の蛍光灯は淡いピンクに光っていた。狭い部屋だったけれど、明るくて楽しくて、温かかった。素敵な場所だった。
 背を屈めながら、ここへ来た扉を再びくぐった。
 外に出ると、思ったよりも空気が冷えていた。ぶるっと震えると、
「大丈夫、これから死ぬほど暑くなるからな。」
といってにやりと笑った。
 太い道路を駆けるわたしのスピードは遅かったけれど、一歩の歩幅は彼の倍あったからちょうど良かった。
「上に行く道はたくさんある。そこの梯子からでも、向こうの梯子からでも行ける。でも直接上の方まで続いてるのは結局は一つか二つに絞られる。中層が一番やっかいなんだ。梯子の迷路だ。しかも入り組んだたくさんの隙間にいろんなやつが巣食ってるからな。最悪だよ。」
 たったったったと静かに足音が響く。
「いいか、パスポートにつきっきりだったもんだから、上のこと何にも教えてなくてすまない。いいか、上ってのはとにかくこことは全然違うとこなんだ。何もかもが新しく、そして常に変わっていく。ルールも、システムも、人も。あいつらの言葉を借りれば、常に上昇しているんだ。この新天地のビルみたいにな。だから、」
「えっ?ここのビルが上昇するって?」
「言ってなかったか?ここのビルの真っ黒な石、あれは成長してるんだ。誰もどこから伸びてるかわからない。でも確実に伸びてる。俺が上にいた間で階段一つぶん伸びたな。不気味でしかたなかった。」
 このビルの骨格は自分たちで作ったものじゃなく、自然に出来たものを利用してたんだ。ここは。新天地のあの景色は石が成長して勝手にできたってことか・・・。

「あそこにはいろんなやつがいるもんだから、そこまで変な事をしない限り怪しまれることはない。ただ、独特の雰囲気というか、暗黙のルールみたいなのがあるんだよ。あそこには。あいつらは絶えず上昇したいわけで、どんなにいろんなやつがいたとしても、その点は気持ち悪いほど同じなんだ。あちこちにそういう雰囲気がはびこってる。」
「なるほど。それを心掛けれて振る舞えばばれにくいわけね?」
「そうそう。ちょっと気分悪くなるかもしれんが。まあ、ある程度は我慢しないと。金はパスポートにある程度入れておいた。ほとんどがただで飲み食いできるんだが、そんなやつはいないんだ。」
「なるほどね。ありがとう。」
いつかこの借りを返すよ、と言いたかった。

「ここだ。やっとついた。」
上を見上げると、幾重にも入り組んだ廊下を絶妙にすり抜けるように隙間がぽんと空いていた。その全くの虚空に、ぱちぱち光る白い粒がたくさん張り付いていた。
「・・・あ、星だ。」
 久々に見た星空に向かって、点になるまで梯子が伸びていた。
「え、これ、ずっと上まで続いているの?」
「ああ、そうだ。たくさんの廊下をすり抜けてここまで到達してるんだ。」
「さあ、登るぞ。」
「えええーー!?」
「登れないよ!」
「仕方ない。ここしかないんだから。」
そう言って彼は小さい手を上げてやれやれとして、何も言わず先に登り始めた。
「あ、そうだ。」
そう言って登りかけた梯子を降りてわたしの傍へやってきた。
「なに?」
「ロープで結んでおく。万が一梯子から滑っても大丈夫なようにな。」
本当に登るんだ・・・。ぐいっと首を上げてもう一度見上げた。相変わらず星が瞬いている。とても綺麗だ。
「うん。わかった。」
運命共同体というやつか。彼にわたしを捧げよう。
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