パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

昨日の今日だ。
あっくんに彼女を紹介されたからといって、ほかの男にすぐ飛びつくことができるはずもない。


「もう、二葉ってば」


琴美は軽く地団駄を踏んで、私をひと睨み。
いつものことだと諦めたらしい。

挨拶が終わると、新部長は部署内全員と握手を交わし始めた。
今までも上司が交代することは何度かあった。
でも、ひとりひとりと握手だなんて、そんなことまでする人はいなかったのに。

面倒に思いながらも、大人しく順番を待つ。


「稲森二葉です」

「よろしく。……あ」


最後の「あ」というのは私にしか聞こえないくらいの声だった。
突然、私の顔を見たまま、動きの止まる部長。


「はい……?」


私の顔に何か付いてる?
手で頬のあたりに触れてみる。

首を傾げて部長を見るけれど、何秒か見つめ合ったあと、部長は「あ、いや……」と、何ごともなかったかのようにニッコリ。
最後にもう一度手を握って、席へと着いた。

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