彼は誰時のブルース

ー回想3






「兄貴は、…だな」


 夜の公園で、弟が呟いた言葉は聞こえなかった。俺は今になって、本当に後悔している。





 仕事の都合で、2年ぶりに実家のある街に帰ってきた。連絡はしなかった。突然帰って、驚かそうと思っていた。

 ガチャガチャ音を立てて、鍵を開ける。

 咳払いをした。父親の声を真似て「ただいま」と言う。だが声は尻窄んだ。

 真っ暗で、家には誰も居なかった。玄関に置かれた花々が枯れていた。いつもは綺麗にしているはずなのに、違和感を感じた。

 黄色の花の名前は…マリーゴールドだろうか。だがもう良い香りはまるでしない。

 リビングのソファに座り、両親に電話をかける。が、反応はない。


「…なんだよ」

 弟はどこだ。9歳離れた弟も、もう高3だ。予備校だろうか。受験勉強で忙しいに違いない。時々メールをしても5件に1回ほどしか返してこない。薄情な弟だ。

 そんな弟を驚かそうと思っていたのに。
蒸し暑い。冷房を入れた。

 暫く、冷気にあたりながらテレビを見始めた。そして思い当たる。

 あいつ、部屋でひっくり返って寝ているかもしれない。俺が高校生の時も、塾から帰って寝ていた記憶がある。

 立ち上がってリビングを出て、弟の部屋をノックする。反応なし。ドアノブを引き、部屋の電気をつけた。

「……」

 散乱した服。教材。本。洗濯フックに無造作にかかった制服。

 男の部屋なんて汚部屋。こんなもんだって。そう思えないのには理由がある。

 コンビニの弁当やカップラーメンの容器までも、部屋に散乱していた。


 家を出る前ーー8年前の家の様子を思い浮かべた。夕方6時過ぎには夕食の匂いがした。作るのは綺麗に着飾った母。色とりどりの皿に盛られた夕食。

 冷凍食品なんて、ひとつもなかった。特に母は、弟には絶対コンビニ弁当やカップ麺なんて、食べさせない主義だった。


「は…」

 弟ーー泰斗は、どこにいるんだ。





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