恋風吹く春、朔月に眠る君
PROLOGUE:0  きみを隠した花の風

「桜の木の下には死体が埋まってるって知ってる?」


普段からぼーっとしてて、本ばっかり読んでるような文学少年の私の幼馴染はいつもの如く、突然訳の分からないことを言い出した。

生まれた時から一緒にいるけど、基本的に彼の考えていることはよく分からない。


「なにそれ、知らないけど物騒だね」

「そうだね。都市伝説のように思ってる人もいるらしいし」


言いだした割には興味がなさそうに、教室の椅子にお行儀良く座る彼は何やらまた難しそうな本に目を落としている。


 放課後の教室、私と彼以外には誰もいない。窓の向こう側にある桜の木が風に吹かれて、時々中に花弁を運んでくるだけで、隣のクラスから人の声は聞こえるものの静かだ。その中で私は只管シャーペンを走らせる。

 中学生活最後の年が始まる春、始業式早々休んだ出席番号が1番の子の代わりに回ってきた日直の仕事のせいで、私は帰れずにいた。

それも帰りのLHRで日誌を渡すようなズボラな担任だから困る。今日は早く帰れると思ったのに。


「へぇー」


どうでもいいなら適当な話題を振らないでほしい。私はさっさとこの面倒な日誌を書き終えて、早く家に帰りたいんだ。そんな苛立ちが勝るあまり、彼の態度にも敏感になって、不満が膨らむ。

けれど、彼は間をおいて続けた。


「でも、それを最初に言った人は、桜があまりに美しいから、その儚さ故に人の命を吸い取って花を咲かせているんじゃないかと喩えただけだよ」


未だに本に注がれた視線が此方に向かうことはない。窓際の前から三番目の席に座る彼と私の席は距離がある。顔を俯かせている彼がどんな表情をしているのか分からない。


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