恋風吹く春、朔月に眠る君


「わたしっ、嬉しく、て......! ずっと、ずっと.....友達が欲しかったんです......! 記憶を失うより......死ぬより、前から。だからっ、此処に、いたんだと思います.....」

「えっ、もしかして、生前の記憶が戻ったの.....!?」


どうしても前のめりになる私の気持ちとは裏腹に、木花は困ったように、いつもの上品じゃない年相応な笑顔でくしゃりと笑った。


「それを、語る時間はない...ようですね.....」

「えっ......」


言っていることが、何の話か全然分からなかったのに、言葉を失う。まさか、と私の中の警報が鳴る。足元からきらきらと桜の形をした輝くものが上って来ては消えていく。それを辿ると、透けて見えない足首より上、膝当たりがきらきらとした桜の形の光となって消えて行っていることに気付いた。


「全部お話できなくてごめんなさい。でも、これだけは言えます。記憶が戻っても悲しくなかったのは、双葉さんがいたからです。私に宝物をありがとうございます」

「待って、嫌だよ。そんな、まだお別れしたくない! やだよ、そんな最期みたいに言わないで!」


分かっていたのに、分かっていたはずなのに、目の前で起こることを否定したい。嫌だ、置いて行かないでほしい。そこへ、聞き慣れた美しいメロディが流れた。誰もいない夜の学校。私達以外静かなこの空間で、その音はよく耳に届いた。


「......朔良?」


ピアノのある方向を見ると、椅子に座って、いつものように弾く朔良の姿があった。


「彼女のお陰で俺は双葉に本当のことを話せた。俺もお礼しなきゃいけないと思うんだ。俺には良いピアノを聴かせてあげることくらいしかできないと思うから」


私と朔良のお気に入りの曲。二人の大切な曲。だから今、それを弾いたのかな。甘く優しく温かい中に懐かしさのあるような、美しい音楽。


「だから、双葉も今できることをしなよ。後悔したくないんでしょ? もっと大事なこと、言わなくていいの?」


朔良は本当に、すごいなあ。私みたいに取り乱したりしない。それは朔良は今日会っただけだからかもしれないけど、だからと言って非情なわけじゃない。私の最良の為に、言葉を掛けてくれる。


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