やさしい先輩の、意地悪な言葉
やさしくて素敵な先輩
私の職場には、“やさしくて素敵な先輩”がいます。


『遥香(はるか)、あの人がうちの店で一番人気のある先輩だよ。すごいやさしくて、仕事もできて、とにかく素敵な先輩なんだから!』


あれは、四ヶ月前のことだったかな。

銀行に勤めている私は、入社三年目の今年の春に初めての転勤になり、それまで勤めていた小さな支店から、本店に異動することになった。

人数の少なかった支店とは違い、本店は社員の数も仕事の数も多くて最初はなにかと戸惑いがちだったけど、入社当初から本店に勤務してる同期の子がいたのが幸いで、いろいろ教えてくれたのが心強かった。


でも、私が本店に来てからその子が一番最初に教えてくれたのは、仕事のことじゃなく、“やさしくて素敵な先輩”の紹介だった。


紹介といっても、デスクで仕事をしている先輩を遠くで見ながら、そう教えてもらっただけだったけど。

でも、私たちの視線に気づいたのか、その先輩は自ら私たちのもとへとやってきて。


『瀬川(せがわ)さん、まだちゃんとあいさつしてなかったね。営業課の、神崎 悠介(かんざき ゆうすけ)です。よろしく』

『あっ、せ、瀬川 遥香です! よ、よろしくお願いしますっ』


それが、私と神崎さんの最初の会話だった。



『俺は六年目で、本店に来てからも長いので、なにかあったら相談してください。じゃあ』

そう言って、神崎さんは自分の席へと戻っていった。


短い会話だった。
でも、自分から席を立ってあいさつしてくれた営業さんは神崎さんだけだったし、なにより、短くてもやさしい言葉だった。
同期の子が『やさしくて素敵な先輩』と豪語する意味は、この一瞬でもよくわかった。
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