雪降る夜に教えてよ。
第一章

初雪

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朝、起きると音がなかった。

外を走る車の音、人が行き交う足音、そんな微かな音が消えていた。

肌を刺すような寒さに気付いて、暖かい温もりから目覚める。

秋元早苗、二十四歳。外資系企業のシステムヘルプデスクに勤める、ごくごく普通のOL。

この歳で『女史』と呼ばれる人間が、果たして普通なのかは微妙だけれど、それはスルーしていたりする。

彼氏いない歴も二十四年。

恋人と呼ばれる人を作ろうとは思わない。

そもそも、黒ぶち眼鏡なお堅いOLを口説こうとする人も滅多にいないし。

その代わりといっては何だけれど、高校時代からの友人の佳奈は、私の分まで恋愛に花を咲かせている。

パッと咲いては散ってを繰り返しながら。

カーテンを開けてから苦笑した。

眼下は一面真っ白い世界。どおりで音が少ないと思った。

雪国育ちだから、私はけっこう雪には慣れているけれど、こちらの人はそうもいかないだろうなぁ。

きっと大騒ぎするレベル。

バスはパスだな。電車もこの雪ではちょっと微妙。ちょっと歩くけど、地下鉄にしよう。

会社に遅刻しない為に、素早く時間を計算して身支度を始める。

朝はシャワーが基本。
じゃないと、指の間をスルスル滑り落ちる髪は、うまくまとまらない。

濡れたままの髪を拭きながら、コーヒーメーカーをセット。
朝食は食べないけれど、コーヒーは飲まないと頭が起きない。

それからテレビをつけ、化粧水を顔に叩き込みながら、朝特有の和やかなニュースを眺める。

積雪量と事故のニュースに顔をしかめ、コーヒーを飲み終わると、シンクにそのままカップを置いて洗面所に歯を磨きに行く。

ちらっとテレビの時計を見てから、灰色のパンツスーツに着替え、淡い色合いのリップをつける。これで用意は終了。

終了会社にパソコンが多いから、化粧しても汗で崩れるし。
きっちり編んだ三つ編みをクリップで頭に留めて、眼鏡をかける。

別に視力は悪くないけれど、これは自分を守るお守り代わり。

いつもより、かなり早めにマンションを出て地下鉄に向かった。

早い時間帯だからか構内は人もまばらで、部活の朝練でもあるのか、大きなバックを抱えたジャージ姿の高校生が目についた。

思わず若いなぁ……なんて思ってしまってから苦笑する。

十代にはかなわない。

手袋をつけなおし、マフラーを首にかけ、入って来た地下鉄に乗り込んだ。
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