雪降る夜に教えてよ。
***



月曜日。私は初めて眼鏡をかけずに出社した。そもそも壊れてしまったし、もうどうでもいいかなって思って。

「おはようございます」

いつも通りの挨拶に、初老の警備員さんが顔を上げた。

「おや。いつもよりも、少し遅めですな」

いつも通り微笑むおじさんにちょっと和む。

「先日は助けて頂いて……」

言いかけた私に手を振りかけ、警備員さんはいきなり手を打った。

「そうだ。先日のお花の御礼に、これを召し上がって下さい」

そう言って、手に乗せられたのは、ビニールセロファンに包まれた二つのピンク色の饅頭。

……えーと。

「さくら饅頭と言うらしいです。さくら餅ならぬ、饅頭。あのお若い方と一緒にどうぞ」

あの“お若い方”?

「いや。もう、物凄い剣幕で相手を壁に叩きつけて、その後、あなたが落ち着くまで抱きしめていらした御仁ですよ」

抱きしめて……?

おじさんはニコニコとそう言って、頷いた。

「視線だけでしたら、あの狼藉者も殺されてたかもしれませんなぁ。あれだけの激情を内に秘める若者なぞ、珍しい。いっそ感激した」

ああ。そうですか。

何故か目を輝かせているおじさんに、桐生さんは英雄視されているらしい。勇者桐生マネージャーの出来上がりだ。

とりあえずは当たり障りのない返事をしてエレベーターに乗ると、いつもの手順でオフィスに入る。

何故か視線が集中した。

「すみません。うちは部外者の方はご遠慮願っているのですが」

部外者……話し掛けてきた男性の同僚を、ぼんやりと見上げる。

「おはよう。秋元さん」

声につられて見て見ると、早良さんと一緒に、何か書類を眺めていた桐生さんが軽く片手を上げていた。

「おはようございます」

一礼する私。隣に立っていた同僚の手がオタオタと移動する。

「え!? マジ秋元女史なの。眼鏡どうしたのさ! 眼鏡は!!」
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