めぐり逢えたのに
万里花の決心
私は、佐々倉から受け取った離婚届をどうすることもできずに持ち歩いていた。
サインして役所に提出して、拓也のところに行けばいいだけだ、というのはわかっていた。

しかし、どうしても、父の最後の言葉がひっかっかってしまい、決断を下す事ができないでいた。

かといって、拓也に言い出すこともできないまま、佐々倉が何も言って来ないのをいいことに、曖昧にしたまま毎日をやり過ごしていた。けれども、喉にひっかかった魚の小骨のように、目の前の離婚届は私を苛立たせていた。

そのこと以外は変わりばえの毎日を過ごしていたある日、母が急にランチを誘って来た。銀座まで出たついでに近くで食べようと言うのだ。

父と三人でよく行っていた、やまむら食堂で待ち合わせをした。
私は、オムライスにしようかハヤシライスにしようかちょっと迷った末に、やっぱりハンバーグ定食にした。
実を言うと、ここのデミグラスソースは絶品で、他のものを注文したことはない。何でも美味しいのだが、結局ハンバーグを注文してしまう。

母は嬉しさを隠しきれないらしく、席に着くなり興奮した様子で口を開いた。

「直樹さん、さすがだったわね。」
「?」

私がきょとんとしていると、

「例のリコールの件よ。あなたも一緒にウチに来たじゃない。」
「……ああ」

私はヒヤリとした。その件に関して佐々倉から何も聞かされてなかったからだ。実家で会ったのが最後で、それ以来、どちらからも連絡はとっていなかった。
母はそんな私の様子にまるっきり気付く事もなく、話を続けていた。

「丸く納まったのよ。スキャンダルも表に出なくてすんだし、これも直樹さんと佐々倉のお父様のおかげだわ。
やっぱり由起夫さんの見る目は正しかったわね。直樹さんがいなかったら、今ごろ戸川はどうなっていたか……。」



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