きみと、春が降るこの場所で


たとえば、相手の目を見て話す意味。


いつからだろうか。腹の探り合いをするような視線を張り巡らせて、自分の弱みを見透かされないように目を逸らすようになったのは。


普通なんだと、思っていたんだ。

だってそれは仕方のない事だったから。


見られるのが怖いなら、見なければよかった。

見たくないと怯えるのなら、見る事をやめればよかった。


悲しいと、思った事はなかった。

ましてや、難しいなんて、考えた事がない。


「わたしが子供なだけだよ。大人になりたくないの」


「いや、詞織が言ってる事って、本当だ」


普通なら避けて通りたいと思う道を、どうすれば避けずに通れるか、そんな風に考えられる人。


少しだけ驚いたように俺を見て、詞織は視線を足元に落とした。


「こんな事を言うと、朔は怒るかもしれないけれど」


前置きをして、とても言いにくそうに、言いたくなさそうに、口を開く。


「わたしね、安心したの。大人になるまで生きられないかもしれないってわかった時、ずっと子供でいられるんだって、安心したんだよ」


テーブルの上に投げ出していた手を引っ込めて、詞織は膝の上で両手を握り締めた。

反対側に座っている俺からは詞織の手元なんて確認出来ないけれど、力の入った肩を見ればわかる。


悲しそうでもなく、嬉しそうでもなく、ただ申し訳なさそうに頭を垂れる詞織に、俺は何も言えなかった。


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