小夜啼鳥が愛を詠う
「すご……。資料館みたい。」

「値段が高いとかじゃなく、俺にとって大事なモンしかないけどな。」
そんな風に言いながら、朝秀先生は本当に大事そうに絵を見せてくれた。

……光くんじゃない。

確かに、似てるけど、違う。
かなり妖艶だ。
キャンパスから色香が漂ってきそう。
むしろ……そうだ、あの洋館の女性に近いかもしれない。

「これは今から20年前、明田さん16歳の作品。モデルは、明田さんの高校の同級生。名前は、吉川彩瀬。男。ここからの一連の作品群は『彩』って呼ばれてる。まあ、明田さんが世に出したモンは俺が全部蒐集したけどな。」

「……光くんのママのお兄さんね。若くして胃癌で亡くなられたって聞いてる。……そういえば、明田先生、光くんにはじめて合ったとき、彩瀬さんのこと、おっしゃってた。彩瀬さんの『彩』なんだ……。」

朝秀先生は、何か言おうとして、口を閉じた。

私は、首を傾げて聞いてみた。
「でも、朝秀先生はどうしてこの絵に執着してるの?……明田先生は……彩瀬さんのことが好きだったってことは、何となくわかるけど。」

たぶん、そういうことなのだろう。

思えば、最初から、明田先生は光くんに甘過ぎる。

明田先生と彩瀬さんがBL関係だったかはわからないけど、少なくとも明田先生は恋愛感情を抱いていたんだと思う。

でなきゃ、こんなにもしつこく彩瀬さんの絵を描き続けないよね。
彩瀬さんの死後も、なお、描き続けてたんだよね……。

私はずらりと並んだ彩瀬さんの絵に涙が出そうになった。

朝秀先生は、書架から古いアルバムを出してきた。
そこには、セピア色の写真と、白黒写真が混在していたけど、いずれもずいぶんと古いものに見える。

「この人。俺の初恋。」

朝秀先生が指さしたのは、あまり精度の高くない、ぼんやりした白黒写真。

そこには、はかなげな少女が伏し目がちに座っていた。

ああ……。
あの絵、だ。
神戸のあの洋館のあの絵のモデルだ。

髪型も服装も違うけど、私は確信していた。
日本髪に結い上げ、豪華な大振袖を身にまとって……どうしてこんなに淋しそうなのだろう。

「朝秀先生よりずいぶんと年上な気がしますけど。」

「うん。……正確には、この人を描いた絵に惚れてんわ。友達の別荘に飾ってあったんやけど。」

やっぱり!

「それって、お寺の……神戸の本部が管理してる、山手の山荘?この洋館にそっくりな。……私、このかたの絵を見たことあります。」
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