藤の紫と初の幸せ
だからこそ。好きだから、好きで好きでたまらないから、余計に身分の違いを感じて、一緒にいちゃダメだって思って、何度もなんども離れようとしてたのに、幸ちゃんは。
幸ちゃんは、いつでも私をこうやって強引に連れ出して、振り回して、私の気持ちをいともたやすく折ってしまう。
離れようとする私の気持ちを。まるで見抜いたようなタイミングでいつもいつも。連れ出して連れ回して、私が疲れ果ててそんなこと考えるのも馬鹿みたいに思えるほど引っ張り回して。
幸ちゃんはいつまでも一緒がないことをちゃんと分かってるのかな。
私と幸ちゃんはどう頑張っても、一緒には、なれないのに。
「……初、泣いてんのかよ?」
「っない、ってない、っ」
「嘘吐け涙声じゃねーか」
「幸ちゃんが悪いんだよお……」
「俺のせいかよいい度胸だな」
そうだよ幸ちゃんのせいだ。分からず屋の幸ちゃんのせいだ。
もうなんだっていいよ。どうにでもなれば、いい。
だってどうせ、今日で幸ちゃんとはお別れするんだから。
「――――幸ちゃん、好きだよ」
「――――は?」
「好き。ずっと好き。大好き。だから、さよならだよ幸ちゃん」
「ちょっ、初」
「降ろして、幸ちゃん」
「降ろさねえ」
「降ろしてってば!」
「誰が降ろすかよ!」
幸ちゃんが怒鳴った。いつの間にか、八幡様に着いていた。
ふつりと黙った私をいいことに、幸ちゃんは素早く私を地面に降ろすと今度は手首を強く掴んで木の幹に押し付けた。掴まれた手首が痛くて、熱い。背中に感じる木のしっとりとした感触。視界の端に見えるのは藤の花の紫。誰もいない八幡様は、私たち二人にお誂え向きの場所だった。
「……好きだよ、幸ちゃん」
「知ってる」
「……っ、え」
「知ってる。初が俺のこと好きだって、知ってた」
「じゃあなんでっ」
じゃあなんで、私を遠ざけなかったの。