彼女は僕を「君」と呼ぶ
「でもね、」

口元が緩むのを押さえつける事に集中していると、彼女の瞼が下がって、長い睫毛が影を落とした。

「あの人の事も話すんだ」

小野寺教諭の婚約者殿の事だろう。
親戚の家に来て、もう間もなく結婚する。どんな感じだい?女性は難しいからねとアドバイスさえも受けたかもしれない。そんな輪の中に彼女はどんな顔をして座っていたのだろう。

ゆるゆると瞼は塞がり、何度も深いところで瞬きをする。

「先生の婚約者ってどんな人?」

大きく目が開かれ、こちらを見やる。瞳が揺れていたがまだ涙は零れ落ちていなかったようだ。

「あ、ごめん」

まずかったかと焦るが、頭を振って、またゆるゆると瞼を伏せて言葉を探した。
それからぽつりと言葉を小さく切って紡いだ。

「お料理が、出来なくて…がさつで、口が悪く、陰湿で態度が悪い」

彼女の口から出た意外な答えに間抜けにも口が半開きになる。
それは意外だ。小野寺教諭はもっと人を見る目がある人だと漠然とそう思っていたから。

これでは寧ろ、終わる先が見えて喜んでもいいのではないかとさえ思われる。
、が。

「…みたいな人だったら良かった」

あぁ、成程、それは彼女の願望か。言及はしなかったが、きっと正反対の人なのだろう。

それ故に更に認められないのかもしれない。

「多分、男の人なら皆好きなタイプじゃない?花が咲くように笑うの。羨ましいなって思う」

それではまるで、自分はそうじゃないみたいじゃないか。

小野寺教諭に選ばれなくとも、維からしてみれば可愛らしく笑うと思う。

けれど、それを伝えたとて、気休めにさえならない。一番それを聞きたい人ではないからだ。

聞かなきゃ良かった?そんなのは今更だ。
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