彼女は僕を「君」と呼ぶ
今日も、彼女はこちらを観察しているのだろうか。
仰け反る様にして逆さまの世界に窓越しの空を映す。

どうして冬の空はどことなく白で、夏の様に絵具を垂らした青ではないだろう。

影が線引きする様に、きっと此処では彼女の視界に入らないだろう。

違う。日向に向かったって彼女の視界に入れるのは小野寺教諭だけ。

見える筈なのに見ていなかったと言われるより、存在さえも知る由のない方が気が楽だ。

「ほら、皆には内緒だぞ」

ふと、逆さまの視界にオレンジ色のパックが翳される。
頭を戻し、再度小野寺教諭を見やる。

「賄賂ですか?」
「袖の下ってやつだ。何卒良しなに」
「うむ、お主も悪よのお」

良く冷えているそれは備え付けの冷蔵庫から出したのだろうか。
ストーブの焚かれるこの部屋にピッタリである。
両手でパックをいじって暫く、これは彼女にやった方が喜ぶかもしれない。ポケットに忍ばせて、背もたれに顎を預けて観察へと戻る。

髪は染めているのか地毛なのか、真っ黒とは違う柔らかな髪質は彼女を思い起こさせる。

健康的な肌はどことなく焼けていて、程よい筋肉質な体がスーツを羽織っていてもよくよく見て取れた。

未だスーツのせいか、どの教師よりもずっと新任感が抜けない。

もし、もっとおじさんと呼ぶに相応しいかったら、彼女は好きにならなかっただろうか。

真面目で勤勉、上からの評価も上々なのは学生のこちら側だってよくよく知っている。

しかし、彼女が好きだというのはきっとそういう外側の話ではないのだろう。

「なんだかやけに静かだな。葉瀬には特別に先生への質問を許可するぞ」

なんだそれはとは言わずに「うーん」と唸り声を上げて、維は地面を蹴った。一周ぐるりと回ってまた元の位置。

聞き事と聞ける事は違う。
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