黄昏を追って
読み切り(短編)
俺は30歳のどこにでもいるごく普通のサラリーマン。
夏だ。
夏がきた。
都会のアスファルトにできる陽炎を見ても、おれは20数年前のあの夏休みを毎年思い出す。

「快人?、夏休みだからっていつまで寝てるの??早く起きてごはん食べちゃって!片付かないでしょ。ちゃんと宿題やってるの?」
こうゆう朝の目覚ましに「んー」とか適当に返事をしながら、宿題なんてやっぱりやってる訳もなく、グダグダと過ごす。
これがステイタスだと思っているごく普通の小学生がここにいた。
俺は自由研究のテーマを探しに行くと行って家を出る。
勿論、そんなことのためにわざわざ外に出る俺ではない。
自転車にまたがって5分、噴水公園に着く。
すでに拓也と誠は待っていた。
“よい子はここであそばない”。
その看板を乗り越えて噴水の中で涼む。
これが俺たち3人の冒険スタートの合図だった。
噴水のしぶきが太陽を浴びて1粒1粒スローモーションにキラキラして見えた。
「行くぞ!」
隊長の拓也が言う。
『おう!』
俺と誠が続く。
そこから数メートルのところに食料調達場がある。
そう、駄菓子屋のことだ。
俺たちは各々が母ちゃんから渡された100円玉を持ってあれこれと思案する。
すると拓也が炭酸にラムネ菓子を入れると凄いことになるという情報を仕入れたことを、耳打ちしてきた。
俺たちは頷き、少し高くつくが1つの100円玉はビンのラムネジュースに使うことを決めた。
それからラムネ菓子もまたコーラ味を選べばさらに凄いことになるのではと考えそれを選んだ。
余りは1つだけ酸っぱいのが入った3つ入りのフーセンガムを買った。
これだけあれば俺たちは1日を過ごせたのだ。
秘密基地までは自転車で15分。
公園とは言いがたい廃棄のような森の中。
ここに色んなものが揃っていた。
前に捕まえたトカゲを草で小屋にして入れといたんだけど、やはり逃げられたようだ。
さて、今日のメインだ。
ダブルラムネ爆弾。
誠が小石で祭壇を築き、ここで慎重に作りましょうと一言。
俺たちの任務はとにかく人に見つからないこと。
見つからないでいかにすごいことをやってのけるか、だ。
隊長である拓也が静かに炭酸のラムネを開け、俺が続いて菓子のラムネの蓋を開ける。
「入れるぞ。」
そっと囁く。
『爆発だぁ!!』と一斉に散り、構えに入る。
ラムネのビンからは確かに見たこともない量の泡が吹き出ていたが、爆発はしなかった。
俺たちは大笑いして元の位置に戻る。
そして無駄にすげーすげーと騒ぎながらラムネ菓子を投入し続けた。
溢れた炭酸が小石の祭壇の中に満ちて、オアシスみたいだった。
泡も収まりかけた頃、ありがどこからともなく集まってきて、甘い匂いに誘われ、この液体をどうやってか知らないが巣に運んでいた。
そのせっせせっせと働く姿を俺たちはフーセンガムを膨らましながら飽きもせず夕方まで見ていた。
炭酸ラムネのビー玉は今日ここに来た証拠として秘密基地の隅に埋めてあるお宝箱に入れて、解散した。
家に帰るとスイカが大量に切ってある。
水分たっぷりの甘みには至福と安心を感じる。
母ちゃんは「ちゃんと手洗ったの?
自由研究なににするか決まった?」
などと聞いているが、俺はお構いなしだった。
こんな平凡で輝いた毎日がずっと続くと思っていた。
弟と扇風機の向きで取り合いをして食べる夕飯もうまかった。
俺たちはそんなことをしてほぼ毎日冒険に明け暮れた。
皆それぞれに兄弟がいたが、秘密基地の場所は誰にも内緒だ。
別に仲が悪い訳でもなさそうなクワガタをわざとケンカさせたり、どれだけ珍しいセミを捕まえられるか競ったり、木登り選手権をしたり、ザリガニ釣りに最も適した安いエサを考案したり…。
プール登校日も当たり前のように一緒に行ったし、お祭りの屋台も一緒に回った。
俺たちはいつも3人で1つだった。
今となっては、あれら全てが立派な実験であり自由研究だったと思うが、当時はただ毎日を面白おかしく過ご したいだけだった。
夏休みも終盤に入り、いよいよどの家の母ちゃんもうるさくなったある日、誠が話があると言い出した。
俺と拓也はまた“いいこと”でも思いついたのかとわくわくして噴水公園に集まった。
「それでは本日の会議を始めます!」
いつものように拓也が仕切る。
「俺、転校するらしい。二学期から、隣町の小学校なんやて。」
一瞬、場が凍りつく。
ほんなこと、ある訳ないやん。
3人で1つやろ。
あれもこれも、いつも誠がおったやろ。
「でもまた、遊べるんやろ?」
勇気を出して聞いた。
誠はうつむいたまま、わからないと言った。
夏の暑さのせいか、頭がぼーっとした。
そして決めた。
残りの夏休みを今までで一番の冒険に捧げようと。
3人が3人でおれるように。
拓也、俺、そして誠の順に、拳を高く突き上げた。
「あの橋を越えたところが、新しい小学校やて、父ちゃんが行ってた。」
「ならあの橋まで行こう。二学期からは、あの橋の真ん中を集合場所にしよう。」
あの橋というのは、田んぼを何枚も何枚も越えた向こう、一山越える少し手前にあった。
赤いペンキで目立ってはいたが、秘密基地から見ると、今にも消えそうに小さかった。
隣町小学校は電車で3駅分だった。
でも1日100円玉1つで遊ぶしか脳のなかった俺たちには、電車に乗って会いにいくというのは現実離れした発想であり、それで毎日は不可能だった。
入道雲が怪しい顔色をしていた。
その日、家に帰ると母ちゃんたちの間でも誠の話になったらしく、俺の気持ちも知らないで「淋しくなるわねぇ」なんて言ってくる。
「でもすぐ隣町じゃない。電車に乗ればそんなに遠くないし、父ちゃんの車に乗せてもらえばもっとすぐよ。」と言われたが、なんの慰めにもならなかった。
氷に冷えたそうめんが喉を潤す。
今日は変に疲れたな。
そうして眠りに落ちた。
次の日から本当の戦いが始まった。
昼ごはんを食べてすぐ噴水公園に集合し、自転車にまたがり赤い橋を目指した。
だんだんと陽が傾く。
“日暮れまでには帰ってきなさい”
その言葉通りにしようとすると、行った距離をまた往復して戻らなければいけない。
俺たちはうかつにも、その計算を怠っていた。
今日は田んぼ1枚分のところで断念。
引き返した。
明くる日は昨日の反省を踏まえて朝一に集合した。
しかし進んでも進んでも田んぼ。
挙句に河川敷の行き止まりにたどり着いた。
あの赤い橋が近づいた実感もなく、俺たちは永久迷路にでも迷い込んだんじゃないかと思うほどだった。
ヘナヘナと肩を落とす俺たちに太陽は容赦なくジリジリと照りつけた。
夏休み最後の日。
チャレンジも今日が最後だ。
俺たちはあえていつも通り駄菓子屋に寄り、おばちゃんに無理言って開けてもらい、それぞれのエネルギー源を手に入れて自転車を走らせた。
これでもかというくらい盛りこぎした。
タイヤの空気も全員万全。
この間ぶつかった行き止まりを避けるように知らない道を走り続けた。
景色は変わらない。
どれくらい走っただろう。
もう帰れないんじゃないかとヒヤヒヤした。
日暮れまでに帰れずに母ちゃんに怒られると思うとゾッとした。
「無理だったな」。
誠が俺と拓也の背中に向かって言う。
これまで何度もそう思ったが、誰も決して口にしなかった言葉だった。
「ありがとうな」。
誠の言葉に「何言ってんだよ」と返す拓也の声は明らかにしゃくり上げていたので、俺も思わず少し泣いた。
「これ、やるよ。」
拓也は柄にもなくクローバーの押し花を差し出す。
俺にも用意していたプレゼントがあった。
ヘラクレスオオカブト…は買えなかったのだが、その幼虫。
来年には孵化するとおっちゃんが言っていたやつ。
「それ孵化させて、来年の夏休みまた遊ぼうぜ。」
誠はありがとうありがとうと何度も呟いた。
『あーっ!』
3人が声をシンクロさせる。
知らぬうちに高台まで来ていた俺たちの目の前に広がっていたのは、この夏一番のおっきな夕焼けだった。
世界を包み込むようなオレンジ色が、俺たち3人の金メダル。
来てよかったな。
ちゃんと進んでたんだな。
噴水公園に戻った頃には辺りは真っ暗だったが、“よい子はここであそばない”の柵を越えて噴水へ。
疲れを癒すひと時だ。
真っ黒に焦げた肌が今年も俺たちが尽きない冒険をした証であり勲章だった。
『じゃあな!』
俺たちは何もなかったように、明日からもまた3人で会えるかのように、手を振った。
俺たちの夏が終わった。

「課長!また快人先輩が思い出に浸ってますぅ!」
はっとする俺。
「ごめんごめん、夏はどうしてもなぁ。果てしなく続いてほしいと思っちゃうんだよな(笑)」
今じゃあの噴水公園もマンションになり、駄菓子屋もない。
隣町どころか県越えも当たり前だ。
それでもあの日、あの夏、体験した冒険と味わった絶望感と確かめ合った友情と眺めた夕焼けは、今も俺を育て続けている。
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