青と口笛に寄せられて


目の前のことに集中していなかった。
啓さんがよく言ってたっけ、ソリならまだしも台車の時にスピードに乗りすぎると危ない。
特に、カーブなんかは危険だって。


ふと顔を上げた時に見えたのは、カイがこちらを振り返る姿だった。
その目はどこか不安げだった。


右に曲がるカーブ。
そうだ、「ジー」と指示を出さなくちゃ。
きっと犬たちもその指示を待っているんだ。


あ、と声を出した時には、すでにカーブに差しかかっていた。
遠心力が体にかかる。
頭のいい犬たちは指示を待たずして右へのカーブに対応し、素早く方向を転換した。


ついていけなかったのは、私の体だけだった。


最初の頃、何度も啓さんに言われていたこと。
カーブは遠心力がかかるから、曲がる方向と同じ方へ体を倒さなくちゃいけない。
そうしないと吹っ飛ばされるぞ、と。


体験ツアーではここまでスピードを出さないから、危険な思いをすることなんて一度も無かった。
もちろん訓練のコースもきちんと頭には入っていたはず。


だけど私は、このトレーニング中ずっとうわの空だったのだ。
犬たちのことじゃなくて、自分のことばかり考えてしまっていた。


握っていたはずのハンドルが手から離れていき、視界がぐるっと急回転した。同時に私の体にものすごい衝撃が走る。
砂埃が舞い上がり、体中どこもかしこも痛かった。


ゴロゴロ、という台車が走っていく音が遠ざかる。


地面に放り出されてうずくまるように体を丸めた私は、その遠ざかる音を聞いていた。
そしてそのうち、その音も聞こえなくなっていった。










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