お願いだから、つかまえて
「矢田さん、私が手伝えること、ありますか?」
例によって残業している俺に、控えめに声をかけてきたのは、長戸だった。
「ああ、いや…」
長戸はあまり仕事熱心なほうではない。どうした心境の変化だろう。
「とりあえず今はいい。お疲れ。」
「あの…じゃあ、私待ってますから、終わったら、お時間もしあれば、ご飯ご一緒しませんか?」
「…ああ…」
理紗を罵り、前田とやり合い…この庇護欲を掻き立てるような振る舞いはただ猫を被っていただけなのだと、とっくに知られていることくらい、本人もわかっているはずなのだが。
こうして頬を染め、上目遣いでおずおずと言われて、何も気づかないほど俺ももう若くはない。
俺は、今日はなあ、と苦笑して言葉を探す。理紗なら何と言って、柔らかく、真意を相手に悟らるのだろう。
昔の俺なら、泣かせてでもバッサリと期待を断っただろうが。
「今日は、前田となー…」
うん?
前田と飲みに行くなら、別に二人である必要はないし、長戸が一緒でもいいのか?
とふと思ったのだが。
「前田さん?」
長戸が途端に顔をしかめた。猫を被っている時は可愛らしいのに、こういう時の目つきはいやにキツい。
「あー、いや…」
やっぱりこの二人のドッキングはまずいんじゃないのか?
理紗は仲が良いと言っていたが、鵜呑みにしていいのか?
いや、まだ今は、とか言っていたか…
どうしたものかと思っていると、長戸のほうが口を開いた。
「矢田さん、まさかと思いますけど、まさか本当に、まさか、前田さんのことを好きになったりしてませんよね?」
「は?」