Beautiful Life ?

10話

 絵里がアパートに戻ると少し遅れて辻合も仕事から帰ってきた。目を合わせれば微笑みあい、言葉を交わす。

「おかえりなさい。今日は早いのね」
「あぁ、キリがいいところで切り上げてきた。君は? 出かけてたのか?」
「うん。エンパイア・ステート・ビルに上ってきた」

 辻合が先にダイニングテーブルに座ると絵里も少し遅れて向かいに座った。

「初日に行く予定だったんだけど最後になっちゃった」
「最初に行っても最後に行っても変わらないだろ」
「どうかな」

 絵里はテーブルに両肘をついて顔の前で指をからめて微笑んだ。

「今日で最後、か。どうだった? この一週間」

 テーブルへと視線を落とす辻合と目線が離れると絵里も同じように視線を落とした。

「夢のような毎日だった。毎日が笑顔で穏やかで新鮮で……こんな夢ならずっと見ていたい」

 視線は下へ向いていても表情は穏やかな絵里の口から出た言葉は本心だった。そんな絵里を再び見つめる辻合の視線にはっとして絵里は慌てて言葉を続ける。

「って、はは。ごめーん、なんか暗いこと言っちゃって。別に明日からの人生を悲観してるわけじゃないのよ? 自由になったのは現実だもの。第二の人生、今まで以上に……」
「精一杯楽しんで見せる! ……だろ?」
「分かってるじゃない」 

 絵里がにっと満面の笑みを見せると応えるように微笑んだ辻合だったがその表情はどこか暗い。絵里はそんな彼の様子を敏感に感じ取ったが自分まで暗くなってはだめだと明るく振る舞う。
 明日には会えなくなるのだから本当は寂しい。でも最後の夜だからこそ明るく笑顔で過ごしたかった。

「あ、これ」

 絵里は世話になったお礼にと滞在中に用意していた品物を差し出そうとしたが辻合の言葉に遮られる。

「日本に帰っても、時々君の声が聞きたい」

 真っ直ぐな眼差しと声。ドキンと跳ねる鼓動。震えるほどの動揺を、絵里は必死に抑え込む。
 絵里は先ほど、キラキラとした夜景を見ながら明日からの自分の人生を想像した。美しい景色の先にリアや辻合の顔が浮かんで見えた。でも自分は二度と結婚はしない。そんな結婚生活に絶望して疲れ果てた今の絵里に自分の気持ちに正直になる決断をすることは出来なかった。だから絵里は自分の気持ちを押し殺すことにした。離れればすぐに気持ちも落ち着くだろうと。
 沈黙する辻合との温度差を感じながらも絵里は明るく振る舞う。

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